2010年7月3日

グノシエンヌなトルコ石 02

私に汗を拭くためのタオルを渡しながら、やよい先生がつづけます。

「せっかく、なおちゃんが来るんだから、いつもの部屋のままにしておこうって思ったんだ」
「ってゆーか、この大好きだった部屋の最後の思い出が、なおちゃんと、ってことが、すっごく嬉しいんだ」
「もちろん、あたしのパートナーは、明日からもしょっちゅう来るけど、ね」

「つまりね、あたしもなおちゃんのこと、ずっと前から、気になってたんだ・・・うん。本当に」
「いつか、二人きりで、その、遊びたいな、って思ってた・・・」
「片付けなんて、来週の頭から、ささっとやれば、ぜんぜん間に合うし・・・」
やよい先生は、言葉を選びながら丁寧に説明してくれました。
私は、すっごく嬉しい気持ちになりました。

「ふー。クーラーつけっぱなしで出かけて良かった。このクーラー、一回消すとなかなか仕事再開しないから・・・ちょっとそのへんに座ってて」
やよい先生は、ダイニングのほうに大股で歩いて行きます。
そのへんと言われて、きょろきょろすると、前にガラスのテーブルが置いてある柔らかそうな黒い大きなソファーがあったので、そこに失礼して、端っこに浅く腰掛けました。
「お腹は空いていない?」
遠くから声がします。
「はい。食べてきましたから」
私も、大きな声で返事をします。
遅い朝食を食べてから出てきたので、本当のことです。

「はい。あらためて、いらっしゃいませー」
やよい先生が、お盆に何か飲み物とグラスとお菓子を乗せて、戻ってきました。
「もっと真ん中に座りなさい」
私のウエストに手をやってソファーの中央までずるずるひきずってから、私のすぐ横に座りました。
「お、おじゃましてまーす。 あ、これ、母からよろしくと」
私は、ウエストに手をかけたままピッタリと寄り添ってくるやよい先生にどぎまぎしながら、アイスクリームの袋を渡しました。
「わ。これアイスじゃん。うれしー。開けてみよう!」

ワイワイ言いながら、やよい先生はチョコ味、私はヨーグルト味を選びました。
やよい先生が持ってきた飲み物を手に聞いてきます。

「えーと、なおちゃん。あなた、お酒は飲んだことは?」
「・・・たぶん、すごく弱いと、思います」
パっと浮かんだ、昔の思い出を振り払いながら、答えました。
「ってことは、飲んだことはあるのね。じゃ、だいじょうぶね」
「・・・」
「これはシャンパン。うーんと・・・ワインを炭酸で割ったようなもの。ほら、よく外国の映画で、なんかいいことあると、スポーンって栓が飛ぶお酒でカンパイしてるでしょ?あーれ」
「そんなにアルコール分強くないから、たぶん、なおちゃんもだいじょうぶ。飲もっ!」

やよい先生がシャンパンの瓶を持って、慎重に栓を止めているワイヤーをゆるめていきます。
「じゃあ、いくよ、なおちゃんっ!」
言うや否や、瓶の栓のところを二人が座っている場所から一番長い距離がある、玄関のドアの上ほうに向けました。
栓を抑えていたやよい先生の指がはずれると同時に、シャンパンの栓は、ポンって、すごく大きな音をたててヒュンって飛んでゆき、玄関ドアの上のほうにコツンと当たって落ちました。
同時にシャンパンの飲み口からシュワシュワと泡が溢れ出てきて、やよい先生があわてて唇で塞ぎます。
「きゃはははは~」
私は、なんだかすごくそれがおかしくて、大きな声で笑ってしまいました。

やよい先生が、小さなグラスにシャンパンを注いでくれます。
二人でグラスを持って高く掲げます。
「それでは、あたしとなおちゃんの初めてのお泊りデートに、カンパーイ!」
おどけた大きな声で言います。
「カンパーイッ!」
私も負けずに大きな声で言いました。

美味しいーっ。
ずっと前に飲んだ白ワインより甘くてシュワシュワしてて、すごく美味しい。

二人でアイスをスプーンで舐めながら、さっき車の中でしていたお話のつづきを、また面白おかしくやよい先生がしてくれます。
私は、声を出して笑いながら、聞いています。
やよい先生は、カンパイの後は冷蔵庫から出してきた白ワインに切り替えて、ちびちび飲んでいます。
私のグラスが空くたびに、シャンパンを私のグラスに注いでくれます。
小さな瓶でしたが、とうとう私が全部飲んでしまいました。
でも眠くなる気配もないし、なんだかどんどん楽しい気分になっています。

「ねえ、なおちゃん。そのシャンパン、すっごく高いの、知ってる?」
「えっ!?」
私はまた、不安そうな顔になったんだと思います。
「あ。違うの、そういう意味じゃなくて・・・」
やよい先生があわてて言いました。
「つまり、そのシャンパンを開けるのは、あたしがすごく好きな人が来たときだけ・・・」
「今日、なおちゃんが部屋に来てくれて、あたし、すごくワクワクしてるの。ね。わかるでしょ?」
私は、なんて答えればいいか、どぎまぎしてわかりませんでした。

「それで、どうする?もうちょっと暗くなるまで、まったりする?映画でも見よっか?」
「・・・」
「それとも・・・すぐ、はじめて、みる?」
私は、コクンとうなずきました。

「そうね。早く始めれば、いっぱいできるもんね。暗くなきゃ、暗くしましょう、ほととぎす・・・」
やよい先生は、なんだかヘンなことを言ってソファーを立ち、部屋中のカーテンを全部閉めてから、お部屋の電気を夏の夕方くらいの暗さに調整しました。


グノシエンヌなトルコ石 03

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