2010年10月23日

トラウマと私 11

シャワーを止めて、そろそろ出ようと思いました。
オシッコがしたくなりました。
隣にあるトイレに行こうか、と一瞬迷いましたが、なんだか面倒になって、はしたないけれどここでしちゃうことにしました。

シャワーを再び強くほとばしらせてから、その場にしゃがみました。
アソコの奥がウズウズっとしました。
オシッコが出てきました。
生理も来てしまいました。

もう一度全身にシャワーを浴びてからバスタオルをからだに巻き、お部屋のドアを少し開いて顔だけお部屋に出しました。
「ママ、生理が来ちゃったの。私のかばんの中からアレ取ってくれる?」
母は、ベッドの縁に浅く腰掛けてボンヤリしていました。
「あらあらそうなの?大変ねー。ちょっと待っててね」
台詞とは裏腹にのんびりと立ち上がると、私のかばんをガサゴソして、ナプキンを手渡してくれました。

ナプキンをあててから新しいショーツを穿いて、母に借りたブルーのTシャツを素肌にかぶります。
胴回りがゆったりしていて、丈が私の膝上まであって、いい匂いがします。
私は、からだがスッキリした開放感と、生理が来てしまったどんより感がないまぜになった、中途半端に憂鬱な気分でお部屋に戻りました。

ヨシダさんは、喪服のワンピースのままベッドに仰向けに、タオルケットを掛けて寝かされて、軽くイビキをたてていました。
「なおちゃん、お疲れさま。シャワー気持ち良かった?ママもやっぱり、シャワーしとこっかなあ」
母が欠伸をしながら、自分のバッグの前にしゃがみ込みました。
「ママがシャワーしている間に、なおちゃん、お布団敷いておいてくれる?今夜は二人、枕並べて寝ましょう」
「はーい」
私は、ちょっとだけ嬉しくなります。

母がバスルームに消えて、私は、髪や顔のお手入れをした後、お布団を並べて二つ敷きました。
そのお布団の上に座って、やれやれ、と一息ついたとき、コンコンとドアがノックされました。
私は、ビクっと震えます。
今は、あんまり知らない大人の人とは、お話ししたくない気分です。
「は、はーい」
一応大きな声で返事します。
「おっ、直子か?ドア、開けてくれ」
父の声でした。

父の後から、やさしそうな感じのキレイなお顔の喪服の女性も微笑みながらお部屋に入ってきました。
「直子、誰だったっけ?って顔をしてるな。忘れちゃったか?オレの妹の涼子」
「直子ちゃん、お久しぶりね」
その女性がニコニコ笑いながら、私にお辞儀してくれます。
私もあわててペコリとお辞儀しました。
 
涼子さんのお顔は、確かに言われてみれば、なんとなく父に似ていました。
くっきりした瞼の線とか、鼻筋とか、細い顎とか。
父がもし女性だったら、こんなお顔になるのかあ。
この人の旦那様がさっきの全体にまんまるい感じのワインのおじさまなんだあ。
私は、そんなことを考えてヘンに感心してしまいます。

「そろそろ直子たちが風呂に入る頃かな、と思って様子を見に来たんだけど、ここのシャワー使ったんだ」
「パパたち、昨日、見張りしてくれてたんだって?」
「ああ、なんかこの辺り、ヘンな奴が出没するらしいからな。でもまあ、シャワーしたんなら、今夜は見張り、しなくていいな」

それから三人で、今敷いたお布団の上に座って、しばらくお話をしました。
質問役は、主に涼子さんでした。
何年生になったの?から始まって、好きな科目は?とか、普段は何してるの?とか、ボーイフレンドいるの?とか。
私がバレエを習っている、と告げるとすごく興味を持ったみたいで、いろいろ聞いてきました。

涼子さんは、本当にやさしそうで、おっとりとしていながら好奇心も強いみたいで、どことなく母に感じが似ている気もしました。
私は、すぐに涼子さんのことが好きになりました。

父は、喪服から着替えて、ワインカラーのポロシャツにカーキ色のバミューダパンツを穿いていました。
お葬式が無事終わってホっとしているみたいで、お酒が入っているせいもあるのでしょうが、ずいぶんリラックスしているみたいでした。
私と涼子さんの会話に、ときどき冗談で茶々を入れて笑っています。

私は、あぐらをかいて座っている父の、バミューダパンツから伸びている脛から上の部分や、ボタンを全部はずしているポロシャツの襟元から覗く肌にチラチラと視線を投げていました。
父は、やっぱりあまり毛深くありません。
私は、心底良かったと思いました。

そうこうしているうちに、母もシャワーから出てきました。
私とおそろいのTシャツを着ています。
でも、母のほうが胸がばいーんと出ていて、数段色っぽいです。

母も交えてしばらく4人で雑談していました。
涼子さんたちも途中まで帰る方向が一緒なので、帰りは、父の車に同乗していくことになりました。
「ねえパパ、私、明日の朝、早くにお家帰りたい。知らない人のお家だから、なんだか疲れちゃった・・・」
私は、思い切って父に言ってみました。
一刻も早く、このお屋敷から立ち去りたいと思っていました。
「そうね、それになおちゃん、アレが来ちゃったから、ね」
母が援護してくれました。
「アレ?」
父が一瞬首をひねってから、あわてて言いました。
「そうだな。オレも帰って揃えなきゃならない資料もあるし、兄キたちと顔合わすとまたゴタゴタした問題を押し付けられそうだしな・・・早めに出るか」
父も賛成してくれました。
明朝6時に出発することになりました。

父たちがお部屋を出て行って少ししてから、ヨシダさんが目を覚ましました。
「なおちゃん、ごめんなさいねえ、ベッド」
「いいえ。だいじょうぶですから。今夜は母とお布団で寝ます」
ヨシダさんは、照れたように笑いながらおトイレに入って、しばらくして戻ってくると、のろのろとワンピースを脱いでゴソゴソと浴衣に着替えました。
「まだ、全然お酒抜けないから、今夜はこのまま先に休ませてもらうわ。おやすみ、なおちゃん」
まだ真っ赤なお顔を私に向けて、ニっと笑ってからベッドに横になると、タオルケットをかぶって横向きに丸くなりました。
すぐに寝息が聞こえてきました。

その夜は、母と枕を並べてお布団に入りました。
母は、しばらく、父と出会った頃の思い出話を聞かせてくれていましたが、やがて先に眠ってしまいました。

取り残されて、お布団の中で目をつぶっていると、やっぱりどうしてもあのときの場面が瞼の裏に浮かんできてしまいます。
私は、他のことを考えようと努力しました。
小学生の頃のことや、バレエのことや、愛ちゃんたちと遊んだことや、オオヌキさんたちのことや・・・
でも、他のことを考えようとすればするほど、かえって鮮明にさっきのあの場面が頭の中を占めてしまって、うまくいきません。
その場面が浮かぶたびに、生理的な嫌悪感に頭もからだも支配されてしまいます。
また、他のことを考えようと努力します。
同じことを一晩中、何度もくり返しました。
眠気をまったく感じなくなって、私は一人、お布団の中に丸まって、ひたすら朝がやって来るのを待ちました。

腕時計を見て、5時半になって、私は、お布団から上半身を起こしました。
あれから一睡もできませんでした。
母ものそのそと起き上がりました。

朝の支度をいろいろ済ませて、6時5分前にお庭に出ると、もう父と涼子さんたちが待っていました。
ワインのまあるいおじさまがニコニコ笑って手を振っています。

母が運転して、私が助手席、父と涼子さんと旦那様が後部座席に座りました。
知らない中年のおじさま二人とおばさま一人が、お庭で見送ってくれました。
私は、どうしてもそのおじさまたちを注意深く観察してしまいます。
体型や腕の毛深さから言って、彼らはシロみたいでした。

車の中では、涼子さんの旦那様が絶え間なく面白い冗談を言ってくれて、和気藹々な感じでした。
途中、ファミリーレストランでゆったりと朝食を取って、高速道路に入ってからは、涼子さんの旦那様のお仕事のお話にみんなで興味シンシンでした。
ワインのまあるいおじさまは、テレビ局の偉いディレクターさんだそうで、いろんな有名タレントさんのウワサ話や大きなニュースになった事件の裏話を聞かせてもらいました。
私は、だんだんと眠たくなってきていたのですが、お話が面白くて、ずっと起きていられました。

高速道路を途中で降りて、涼子さんたちを最寄の駅前まで送っていきました。
駅でお別れするとき、涼子さんが近い内に我が家に遊びに行く、って約束してくれました。
私はすっかり、ワインのまあるいおじさまと涼子さんご夫婦の大ファンになっていました。

来た道を戻って、再び高速道路に乗り直します。
今度は、父が運転して母が助手席。
私は、後部座席に移って、やがてぐっすり眠り込んでしまいました。


トラウマと私 12

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