2010年11月13日

トラウマと私 20

その日のバレエレッスン。
私は、内心どきどきしながらも、なんとか無難にレッスンを受けることができました。

「ありがとうございましたーっ!」
生徒みんなでいっせいにやよい先生にお辞儀をしてから、さあ、早く着替えてやよい先生に会ってもらうお願いしなくちゃ、ってレッスンルームの出口に急ごうとすると、
「森下さん?」
やよい先生のほうから、声をかけてきました。
私は意味もなくビクっとして足を止めます。
「は、はい・・・?」
ゆっくりと振り返ると、やよい先生が薄く微笑みながら私を見つめていました。
「少しお話したいことがあるから、着替え終わったら講師室に来てくれる?」
やよい先生のほうから、私を誘ってくれています。
私は、なんだかホっとして、
「はいっ!」
と元気よく返事しました。

やよい先生のほうから講師室に呼んでくれるなんて、ひょっとして今日はツイてる日なのかもしれません。
私は、少しだけ気持ちが軽くなって、講師室のドアをノックしました。

「失礼しまーす」
声をかけながらドアを開くと、目の前にやよい先生とは違うキレイな女性が横向きに座っていて、どーぞーっ、って答えながらニコっと笑いかけてくれました。
その女の人もブルーのレオタードを着ているので、きっと次のクラスのレッスン講師のかたなのでしょう。
初めて入った講師室は、思っていたよりちょっと狭くて、真ん中に大きめのテーブルが置かれ、まわりに椅子が四脚。
お部屋の三分の二くらいがパーテーションで仕切られていて、着替えの場所になってるみたいです。
やよい先生は、レオタードの上に薄物のスタジアムコートみたいなのを羽織って、奥の椅子に座っていました。
「森下さん、いらっしゃい。ごめんね、呼びつけちゃって・・・」
やよい先生が言いながら椅子から立ち上がり、近くにあった椅子をひきずってきて、自分の前に置きました。
「たいしたことじゃないんだけどね。まあ、ここに座って・・・」
私が座ると同時に、入り口のところにいた青いレオタの女性が、いってきまーす、って言いながらお部屋を出ていきました。
やよい先生も、お疲れでーす、と声をかけます。
ドアがパタンと閉じて、お部屋にはやよい先生と私の二人きりになりました。

「そんなにかしこまらなくてもいいんだけどさ。森下さん、夏休み終わってからこっち、なんだかヘンでしょ?」
うつむいてモジモジしている私の顔を覗き込むようにやよい先生が聞いてきます。
「は・・・い・・・」
「だから、なんか悩み事でもあるのかなあ、って思ってさ。あたしで良ければ相談に乗るよ、って言いたかったの」
「・・・は、はい・・・」
私は、すっごく嬉しくなって、大げさではなく、感動していました。
やよい先生は、私のことを気に掛けていてくれたんだ・・・

「あ、ありがとうございます。じ、実は私も今日、先生にご相談したいことがあって、レッスンの後、お願いに伺おうと思っていたんです・・・」
上ずった声になってしまいます。
頬もどんどん火照ってきます。
「そうなんだ。やっぱり何か悩みがあるの?」
「は、はい。それで、良ければ近いうちに先生にお時間がいただけないかなって・・・」

私の顔をじーっと見つめていたやよい先生は、ニコっと笑って、
「それなら、これからどう?今日はこの後の個人レッスンの予定がキャンセルになったんで、あたし、この後ヒマだから。グッドタイミングね。あたしとデートしましょ?」
やよい先生がイタズラっぽく言って、魅力的な笑顔を見せてくれます。
「は、はい・・・先生さえ良ろしければ・・・」
私は、あまりにうまくお話が進み過ぎて少し戸惑いながらも、やよい先生とゆっくりお話できる嬉しさに舞い上がってしまいます。

「それじゃあ、あたし着替えたり退出の手続きとかするんで少し時間かかるから、そうね・・・駅ビルの2階の本屋さんで立ち読みでもしながら待っててくれる?本屋さん、わかるよね?」
「はいっ!」
私も愛ちゃんと帰るときにたまに寄るお店です。
「20分くらいで行けると思うから」
言いながら、やよい先生が立ち上がりました。
「はいっ!」
私も立ち上がって、やよい先生に深くお辞儀をしながら、
「ありがとうございますっ!」
と大きな声でお礼を言って講師室を出ました。
心臓のどきどきが最高潮に達していました。

本屋さんの店内をブラブラしながら、どこから話そうか、どう話そうかって考えるのですが、胸がどきどきしてしまって考えがうまくまとまりません。
そうしているうちに、やよい先生の姿が本屋さんの入口のところに見えました。
私は小走りに入口のところに急ぎます。

私服のやよい先生は、からだにぴったりしたジーンズの上下を着ていて、ヒールのあるサンダルだから背も高くなって、いつにもましてスラっとしていてカッコイイ。
胸元のボタンは3つまであいていて、中に着ている黄色いTシャツが覗いています。
「お待たせー」
駆け寄ってきた私にニコっと白い歯を見せてくれます。

「お茶でも飲みながらお話しましょう」
連れて行かれたのは、同じフロアの端っこにあるお洒落なティーラウンジでした。
お客さんはまばらで、ショパンのピアノ曲が静かに流れています。
レジや調理場から遠い一番隅っこの席に向かい合って座りました。
「何でも好きなもの、頼んでいいわよ」
やよい先生は、そう言ってくれますが、私は全然お腹が空いていません。
「えーと・・・レモンティーをお願いします」
「あら?ここのケーキ美味しいのよ?一つくらいなら食べられるでしょ?」
「あ・・・は、はい・・・」
やよい先生は、自分のためにコーヒーと、ザッハトルテを二つウェイトレスさんに注文しました。

飲み物が来るのを待つ間、やよい先生は、今日キャンセルされた個人レッスンの生徒さんが習っている課題曲が、いかに難しい曲であるかについてお話してくれていました。
私は、相槌を打ちながらもお話の中味が全然頭に入ってきません。
今日のお話次第で、やよい先生と私の今後の関係が決まってしまうんだ・・・・
心臓がどきどきどきどきしていました。

ウェイトレスさんが注文の品々をテーブルに置いて去っていくと、やよい先生はコーヒーカップに一口、唇をつけてから、私の顔をまっすぐに見つめました。
「さてと・・・それじゃあ、お話を聞かせてちょうだい」
「は、はい」
私は、ゴクンと一回ツバを飲み込んでから、考えます。
何から話始めるか、まだ決めていませんでした。
えーと・・・
どうしようか・・・

考えがまとまらないうちに、勝手に口が動いていました。
「えーと・・・やよいせ・・・ゆ、百合草先生は、レズビアン、なんですか?」
自分でも思いがけない言葉を、やよい先生につぶやいていました。


トラウマと私 21

0 件のコメント:

コメントを投稿