2010年11月21日

トラウマと私 25

居酒屋さんを出て、反対側の駅前ロータリーまで、やよい先生とゆっくり歩いていきました。
私は、やよい先生と手をつなぎたかったのですが、万が一、知っている人に見られたらメンドクサイことになっちゃうのでがまんしました。
その代わり、やよい先生に寄り添うように、ピッタリとからだの側面をくっつけて歩きました。
やよい先生のからだのぬくもりを感じながら。

「先生、ごちそうさまでした。今日は本当にありがとうございました」
「ううん。あたしも楽しかったから、いいのよ。なおちゃんのヒミツもバッチリ知っちゃったしね。お料理は美味しかった?」
「はい。すっごく美味しかったです」
そんなことを話しながら、ロータリーに到着しました。
私は、まわりをキョロキョロして小さめな白い車を探します。
ライオンのマークが付いた白い車・・・
「まだ母は着いてないみたいですねえ?」
やよい先生にそう言ったとき、駐車していたバスの陰からスルスルっと、母の白い車が近づいてきました。

「百合草先生。今日はうちの娘が、本当にお世話をおかけしてしまって・・・」
言いながら、母が運転席から降りてきました。
母は、白くて襟がヒラヒラしたブラウスの上に、ネイビーの薄手な秋物ジャケットを着て、下はジーンズでした。
大きな紙袋を手に持っています。
「森下さんのお母さま。ご無沙汰しています。あたしこそ、娘さんを遅くまでひき止めてしまって、申し訳ございません」
やよい先生がペコリとお辞儀します。
「いえ、いえ、いつもいつも直子がお世話になって・・・」
言いながら母が大きな紙袋をやよい先生に差し出しました。
「百合草先生が甘党か辛党か存じ上げないので、両方持ってきました。直子がお世話になったお礼です。シュークリームとワインなんですけど・・・」
「あら、あらためて考えるとちょっとヘンな組合せだったわね」
母が一人でボケて、ツッコンで、あははと笑っています。
「お帰りのとき、お荷物になっちゃって、ごめんなさいね」
「いえいえ、かえってお気を使わせてしまって、では、遠慮なくちょうだいいたします」
やよい先生がまたお辞儀をして、紙袋を受け取りました。

「それじゃあ森下さん。また来週、お教室でね。お母さま、ありがとうございました」
「はーい、先生。今日はごちそうさまでした」
「百合草先生、こちらこそ本当にありがとうございました」
3人でお辞儀合戦をした後、やよい先生は、右手を上に挙げてヒラヒラさせながら改札口に消えていきました。

車に乗り込んで、駅前の渋滞を抜けるまで、母と私は無言でした。
車がスイスイ滑り出してから、母が口を開きました。

「なおちゃん、今日は何をご馳走になったの?」
「うーんと、イタリアンかな。パスタとかサラダとか」
「美味しかった?」
「うん。トマトソースがすっごく美味しかった」
「それは、良かったねえ」
そこで少し沈黙がつづきました。

「それで、なおちゃんの悩みごとは、解決したの?」
「えっ?」
「あらー、ママだって、ここ数週間、なおちゃんがなんだか元気ないなあー、って気がついてたのよ?」
「何か悩みごとでもあるのかなー、って」
母が私のほうを向いて、ニッと笑いました。
「でも、もうどうしようもなくなったら、ママに言ってくるでしょう、って思って放っといたの」
「でも、なおちゃんは、百合草先生をご相談相手に選んだのね・・・」
「・・・ママ」

「ううん。誤解しないで。怒ってるんじゃないの、その逆よ。ママ嬉しいの」
「なおちゃんのまわりに、なおちゃんのことを心配してくれる、家族以外の人が増えていくのが、嬉しいの」
「なおちゃんにも、だんだんと自分の世界が出来ていくんだなー、って、ね」
「それで、百合草先生とお話して、その悩みは解決した?」
「うん。だいたいは・・・ううん、スッキリ!」
「そう。良かった。百合草先生、さまさまね」
「こないだいらっしゃった、なおちゃんのお友達も、ママ好きよ。みんな明るくて、素直そうで」

夏休み、8月の初め頃に、愛ちゃんたちのグループがみんな来て、私の家では初めて、お泊り会をしました。
お庭で花火をやったり、リビングでゲームをしたり、私の部屋でウワサ話大会したり。
ちょうど父も家にいて、家の中に女性が母も含めて7人もうろうろしているので、少しびびりながらも張り切っていたのが可笑しかったです。
愛ちゃんたちには、なおちゃんのお家すごーい、って冷やかされて、ちょっと恥ずかしかった。

「なおちゃんも、もうママにヒミツを持つ年頃になったのかー」
「これからどんどん、ヒミツが増えていくんだろうなー」
母は、運転しながら独り言にしては大きな声で、そんなことを言っています。

「百合草先生やお友達、大切にしなさいね」
信号待ちのとき、母が私のほうを向いて、真剣な顔で言いました。
「はいっ」
私も真剣に、大きな声で答えます。

車が走り出して、母の横顔を見つめていたら、少し寂しそうに見えたので、私は一つ、ヒミツを教えてあげることにしました。
「ねえ、ママ。私ママにヒミツ、一つだけ教えてあげる」
「あら、いいの?なになに?」
「あのね、私、夏休みに入る前の日にね、ラブレターもらっちゃった」
「あらー。スゴイわね、直接手渡されたの?」
「ううん。学校の靴箱に入ってたの」
「それはずいぶん古典的な人ね。それで?」
「でも私、今、そういうことに全然興味がないから、断っちゃった」
「あはは、そうなの。なおちゃんらしいわね」

母は、それ以上、どんな人だったの?とか、何て言って断ったの?とか追求しないで、ハンドルを握りながらニコニコしていました。
私はそれを見て、母はやっぱりカッコイイなあーって思いました。

「ありがと、ママ」
「どういたしまして。それより、ともちゃんが、直子おねーちゃんがお帰りになるまで起きてるー、ってがんばってたけど、もう、さすがに寝ちゃったかしら?早く帰ってあげましょう」
「うんっ!」

国道の信号が赤から青に変わり、先頭にいた母がアクセルを踏み込みました。
もうあと少しで我が家です。
フロントグラスの向こうに、左側が少し欠けている楕円形のお月さまが、明るく輝いていました。



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