2011年5月29日

しーちゃんのこと 06

私の背より50センチくらい高くて頑丈そうな本棚には、少女マンガ、少年マンガ混ぜこぜで、ずいぶん昔の名作から最新刊まで膨大な数のコミックス本が判型を合わせて整然と並んでいます。
棚が横にスライドする方式の本棚なので、裏にもまだ本が詰まっています。
軽く1000冊くらいはありそう。
「親が持っていたのも並べてあるからネー」
最初にお部屋を訪ねたとき、しーちゃんが言っていました。

有名作家さん以外の作品は、ジャンルによっておおまかに分けられているみたいで、ラブコメ、スポーツもの、ギャグマンガ、ファンタジーもの、グルメものなどなどでひとかたまりになっていました。
これまだ読んでないっ、あっ、これも・・・
心の中でタイトルにチェックを入れながら、上から下まで順番にじっくり見ていきました。
一番下の段は、週刊マンガ誌と同じ判型の本が並んでいて、その大部分が背表紙のついていない、パンフレットみたいな二つ折り中綴じの薄い本でした。

私たちが中二で、私がまだあのトラウマを受けてない頃、みんなでしーちゃんのお部屋で遊んでいたとき、このコーナーから何気なく一冊取り出した私は、ひどいショックを受けました。

すっごく人気のある男子向けサッカーマンガの主人公とそのライバルが、上半身裸で顔をくっつけあってキスしているカラーイラストが表紙に描かれていました。
「うわっ!」
私は思わず、大きな声をあげちゃいました。
「あーあっ。なおちゃん、みつけちゃったねー」
曽根っちがニコニコ笑って近づいてきます。
「そのへんはBLのどーじんぼんなんだよ」
「ビーエル?・・・ドージンボン?」
「同人本。アマチュアのマンガ好きな人たちが自主制作で、人気マンガの主人公や設定だけ借りて、自分の考えたストーリーで描いた本のことだヨ。それで、男の子同士でえっちなことをさせちゃうのがBL、ボーイズラブ、ネ」
しーちゃんも私の傍らに来て、教えてくれます。
「やおい、って前に話題になったじゃない?あの流れの二次創作本で、一年に何回か、そういうのばっかり集まった盛大な即売会があってね・・・」
しーちゃんと曽根っちで、いろいろ詳しく教えてくれました。

その解説を聞きながら中身をパラパラッとめくると、二人が真っ裸になって抱き合っていたり、ライバルの告白に主人公が頬を染めていたり・・・
正直、私は、なんだかキモチワルイ・・・って思っちゃいました。
「パロディみたいなもんだからネー。ワタシは純粋にギャグマンガとして楽しんでるヨー」
しーちゃんは、無邪気に笑いながら言っていました。

そんなことを思い出して、今の私はこの段のは見れないなー、なんて考えていたら、ベッドのしーちゃんから声がかかりました。
「そこにあったBL本は、全部お姉ちゃんの部屋に移しちゃったから、今そこにある同人誌は、非エロと百合系だけだヨ」
しーちゃんは、月刊マンガ誌を読み終えたらしく、ベッドから下りて私の横にペタンと座り込みました。
「お姉ちゃん、BLにどっぷりハまっちゃったみたいで、最近は自分でも何か書いているみたい。もうすっかりフジョシ」
「フジョシ?」
「腐った女子って書いて腐女子」
「えーっ?しーちゃんのお姉さん、キレイな人じゃない?それに生徒会副会長でしょ?」
「そういうのはカンケーないの。考え方が腐っているから腐女子。だって一日中、男同士のカップリング、考えてるんだヨ?どっちが受けでどっちが攻め、とか」
「お姉ちゃんがそうなっちゃったから、ワタシはじゃあ、女同士でいこうかなア、なんて。百合系のほうが絵柄的にもキレイでしょ?」
しーちゃんはそう言うと、その段から一冊の薄い本を抜き出しました。
これまた良い子に大人気な美少女戦士が二人、裸で抱き合っている表紙でした。
私は少し、ドキンとします。

「お姉ちゃんがネー、ワタシが高校進んだら、同人誌の即売会、連れて行ってくれるって。そんときは、なおちゃんも、一緒に行こう?」
「う、うん。ぜひ」
「実はネー、ワタシも最近、ちょこっとマンガ描き始めたんだ。まだまだ人に見せられるほどじゃないけど・・・」
「今は受験勉強でそれどころじゃないけど、終わったら本格的に描くんだ!ガラかめの二次ものとか、描きたいなア・・・コスプレもしてみたいし」
しーちゃんが夢見る目つきでつぶやきます。

しーちゃんから手渡された美少女戦士の本をパラパラとめくってみます。
絵はあんまりうまくない感じですが、女の子同士で胸をさわりあったりして、感じている顔になっていたりします。
「しーちゃんは、こういうマンガをみると、何て言うか、その、コーフンしたり、するの?」
その絵を見ていたら、ちょっと大胆な気持ちになってきたので、思い切って聞いてみることにしました。
「うーん・・・コーフンってほどじゃないけど、ちょこっとドキドキしたりはするかナ・・・でも・・・」

しーちゃんはうつむいて、言おうか言うまいか少し迷ってたみたいでしたが、やがて真っ赤になったお顔を上げて小さな声で言いました。
「でもワタシ、まだ・・・まだひとりエッチをちゃんとしたことないんだよネ・・・マンガでやってるみたいに自分のからださわってみても、くすぐったいだけだったり、痛かったり・・・ぜんぜん気持ちいい感じがしないって言うか・・・」
「たぶんきっとまだ、ワタシのからだはオトナじゃないんだヨ。もうちょっと成長しないとサ・・・」
「・・・ふーん」
私は、ドキドキしながらしーちゃんの告白を聞いていました。
「だから、そういうのはきっと高校生になったらいろいろわかるんじゃないかなー、って思ってるヨ」
しーちゃんが私を見つめて、恥ずかしそうにニッて笑いました。
「ワタシ、こんなこと教えたの、なおちゃんだけだヨ。曽根っちにも言えない。なおちゃん、何でもちゃんと聞いてくれる感じがして、すごーく安心できるから」
しーちゃんがいつもの感じに戻って、ニコニコ笑って照れ臭そうに私を見つめてくれます。

その告白はすっごく嬉しかったのですが、私の心は、その後の展開に先走りしていました。
しーちゃんから、なおちゃんはどうなの?ひとりエッチしてるの?って絶対聞かれると思って、心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしていました。
聞かれたら何て答えよう・・・少しだけ、でいいかな?どういうふうにするの?って聞かれたらどうしよう・・・こんなふうに、なんて教えてあげたりして、そのまま一気に今夜が二人の記念日になっちゃったりして・・・

でも、しーちゃんとのおしゃべりは、いつの間にか、今一番お気に入りのライトノベルのお話に移ってしまい、二度とえっち系な話題には戻ってきませんでした。

その後また少しゲームをやったり、おしゃべりをして夜が更け、二人とも眠くなってきました。
パジャマ代わりのロングTシャツに着替え、お夕食の後しーちゃんのお母さまが持ってきてくれたお布団を床に敷き、電気を消して横になりました。

「ねえ、なおちゃん、そっちだと寒くない?」
少ししてから、ベッドのしーちゃんが声をかけてきました。
「ううん。だいじょうぶ」
「暖房消すとけっこう寒いし、床も冷えちゃうし・・・なおちゃんもこっちで寝ヨ?って言うか、寝て・・・」
「う、うん。いいけど・・・」
私はまたドキドキしてきました。

お布団から出て、枕だけ持って、ベッドのしーちゃんの左横にからだをすべらせました。
「うふふ。ほらー、二人だとあったかいネー」
しーちゃんの体温でほんわか温まった毛布の中で二人、横向きに向き合いました。
しーちゃんのベッドは、二人だとちょっとだけ狭い感じ。
「今日はすごーく楽しかったヨー。ワタシなおちゃん、だーいすきっ!」
しーちゃんがそう言って、寝ている私のほうに両腕を伸ばし、私のからだを抱きしめてきました。
しーちゃんの頭が私の首の下あたりに埋まっています。
まるで小さな子がお母さんに抱きつくみたいな感じです。
「あらあら、しーちゃんは甘えん坊さんねー」
私も両腕でしーちゃんの背中を抱き寄せ、右手でしーちゃんの髪をやんわり撫ぜます。
「修学旅行のときお風呂で見たなおちゃんの裸、すごーくキレイだった・・・」
しーちゃんが私の胸に顔を埋めたまま、ボソボソっとつぶやきました。
「やんっ。恥ずかしい・・・」

しーちゃんは、下半身を丸めていて、毛布の中でしーちゃんの両膝が私の伸ばした太腿にあたっていました。
私の心臓がひっきりなしにドキドキしているのが、しーちゃんにも伝わっているはずです。
しーちゃんのからだは細くて、しなやかで、温かくて・・・
私は、この後どうするか、盛大に迷っていました。

そのうち、私の胸の谷間あたりに規則正しい寝息が、くすぐったく感じられるようになっていました。
どうやらしーちゃんは、私にしがみついたままあっさり、眠ってしまったようでした。

しーちゃんの生身のからだの感触にしばらくドキドキしていた私の鼓動が徐々に治まって、今は何て言うか、自分の中の母性のようなものを感じていました。
しーちゃんを守ってあげなくちゃいけない、みたいな。

焦る必要はないみたいです。
さっきのお話だと、しーちゃんは、まだ自分がえっちなことをするのは早すぎると思っているみたいだったし、高校に入ってから、いろいろしてみたいようだったし。
しーちゃんが私を好いていてくれることは、充分確認できたし。
新しいステップを踏み出すのは、高校に入ってから、が正解かな?
しーちゃんを抱く腕に力を込めて、そんなことを考えているうちに、私もいつしか眠りに落ちていました。

そんな夜を過ごしつつも、お勉強会の成果もあり、翌年の二月中旬、私としーちゃんは無事、第一志望の女子高校に合格することができました。


しーちゃんのこと 07

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