2011年6月18日

しーちゃんのこと 12

放課後の美術室で強制的にヌードモデルをさせられる妄想、がすっかり気に入ってしまった私は、6月のムラムラ期はずっと、その妄想ばかりで遊んでいました。
妄想の中の美術部先輩がたは、回を重ねるごとにどんどんどんどんイジワルになっていきました。
とんでもなくえっちなポーズを無理矢理とらされたり、写生も兼ねて、と校庭の人目につかない木陰に裸のまま連れ出されたり・・・

ニノミヤ先輩たちとのその後について、しーちゃんからの続報はありませんでした。
あの後、もう一度6人でヌードクロッキー会をやったのか?
すっごく気になっていたのですが、しーちゃんから言ってこない以上、そんなことを唐突に私から聞くのもなんだかいやらしいかな、って思い、聞けないでいました。

そうこうしているうちに学期末のテストが近づき、それが終わるともう、高校生になって最初の夏休みが間近になっていました。

あと数日で夏休みというある日の放課後。
いつものようにしーちゃんと下校しようと一緒にお教室のドアを出たところで、背後から誰かに声をかけられました。
「アナタたち、本当に仲良しなんだねー。いつも一緒じゃん?」
同じクラスの浅野さんでした。

浅野さんとは、ほとんどお話したことはありませんでした。
浅野さんは、中間テストが終わった後、突然、綺麗なウェーブの長い髪を明るめな茶色に染めてきて、クラス中を驚かせた人でした。
先生からは、少し注意を受けたみたいでしたが、テストの成績は優秀だったらしく、それ以上のお咎めはなかったみたい。
学校のバッグの他にブランドのロゴが入った大きなバッグをいつも持ってきていました。

学校には内緒でこっそり雑誌の読者モデルをやっていて、あのバッグには着替えが入っていて、放課後にどこかで私服に着替えて繁華街に遊びに行っている・・・
そんなウワサもある、うちの学校にしては珍しい、遊んでいる系、派手め系の超美人さんでした。
でも、別に怖い雰囲気ではなくて、言葉遣いはちょっと上からっぽいけれど、どちらかと言うと気さくな感じの人でした。
もう一人、同じような感じの本多さんという、これまた美人さんなクラスメイトとよく一緒に行動していました。

「ヒマだったらでいいんだけどさ・・・」
浅野さんが私としーちゃんの顔を交互に見ながら、長い睫をパチパチさせます。
「アナタたち、合コン参加する気、ない?」
思いがけない提案に、私としーちゃんは顔を見合わせます。
「先輩に頼まれちゃってさー。あたしたち、今度の土曜日、夏休み初日ね、ちょっと大規模な合コン企画してんだけど、なるべくカワイイ子、集めてくれって言われちゃってんのよー」
「アナタたちくらいなら、男どもも喜ぶだろーなー、って思ってさ。ちなみに相手は大学生と、社会人でも一流どころ」

男ども、って言われたときに、私は反射的にドキッとしてしまい、たぶんおそらく、一瞬、露骨にイヤな顔をしたんだと思います。

私の右隣に立っていたしーちゃんが左手を伸ばしてきて、私の右腕にスッと絡め、しっかり腕を組んできました。
それからニッコリと浅野さんに微笑みかけて、
「お誘いは嬉しいんだけど、ワタシたち、こういう関係だから、ワタシたちが参加しても男の人たち、しらけちゃうと思うヨー。ネ?」
もう一度ニッコリ浅野さんに笑いかけてから、同意を求めるように今度は私に目を合わせてきました。

「あ、そうだったの?」
浅野さんの大きな瞳がいっそう大きく見開いて、呆気にとられたようなお顔になりましたが、すぐにキレイな笑みに戻りました。
「アナタたち、ガチ百合なんだー?それじゃあしょうがないねー。他あたるかー」
浅野さんは、拍子抜けするほどあっさりとあきらめてくれたみたいです。
そして、また私としーちゃんの顔を交互に見て、長い睫をパチパチさせました。
「アナタたち、イイ感じなんだけど、男に興味ないんじゃーしょうがないねー。お幸せにねー」
浅野さんは、すっごくキレイな微笑を私たちに投げかけてから、右手をヒラヒラ振り、本当にモデルさんみたいな優雅な足取りで、玄関ホールのほうへ去って行きました。

「しーちゃん、あんなこと言っちゃって、いいの?」
浅野さんを見送って、私たちもゆっくりと廊下を歩き始めました。
腕は組んだままでした。
「なおちゃんがなんだか、本当にイヤそうだったからサー、助けなきゃ、と思って咄嗟に言っちゃった」
しーちゃんが照れたみたいにニッって笑います。
「それに、ワタシたちが仲良しなのは本当のことだし」
「しーちゃん、ありがとう」
私は、すっごく嬉しくなって、心を込めて言いました。

「合コン、ってなんだかめんどくさそーだよネー。男がみんなギラギラしてそーで」
しーちゃんがイタズラっぽく笑いながら、私の顔を探るように覗き込んできます。
「それにしてもなおちゃんて、本当に男の人、苦手そうだよネー?」
「うん・・・」
しーちゃんになら、理由、話しちゃってもいいかな・・・
ちょうどそのとき、玄関ホールの靴脱ぎのところに着いてしまったので、どちらからとも無く組んでいた腕をほどき、靴を履き替えました。
しーちゃんは、それ以上、なんで?とか、一切聞いてきませんでした。

「最近、美術部は、どう?」
駅に向かう道で、さりげなくしーちゃんに聞いてみます。
「うん。コンピューターグラフィックがすごーく便利で面白くって、ワタシもずいぶん使いこなせるようになったヨ。夏休みになったらペンタブっていうパソコンにつなぐペンも買うんだ。そしたらマンガもパソコンで描けるんだヨ」
しーちゃんは、とても楽しそうにパソコンでのお絵かきの方法を詳しくお話してくれました。
しーちゃんにCGを教えてくれているのは、確かニノミヤ先輩だったはず・・・

「それって、ニノミヤ先輩が教えてくれてるんでしょ?」
お話の区切りを待って、思い切って聞いてみました。
「うん。ニノミヤ先輩は教え方が上手でネー・・・」
それからしばらく、ニノミヤ先輩は優しくっていい人だ、っていうお話になりましたが、ヌードクロッキー会のその後やニノミヤ先輩の露出症の話題は出てきませんでした。

しーちゃんが遭遇したニノミヤ先輩の一件は、先輩たちが新入生のしーちゃんをからかうために仕組んだ、一回きりの手の込んだオトナなイタズラだったのかもしれません。
私は、もっとえっちっぽい進展を期待していた分のがっかりした気持ち半分と、なぜだかホッとしている気持ちも半分の複雑な気分で、本当に楽しそうに説明してくれるしーちゃんのお話を黙って聞いていました。

その年の夏休みは、8月の頭から二週間、家族でヨーロッパに旅行に行くことになっていました。
私にとっては、初めての海外旅行です。
母の大学の頃のお友達がイギリスとドイツにいるので、その人たちのお世話になりつつ、ヨーロッパ一帯をのんびりと観光することになっていました。
家族で、と言っても、普通だったら父はそんなに休暇が取れないはずなのですが、タイミング良く、と言うより無理矢理、私たちのスケジュールに合わせてフランスへの出張を入れて、二週間のうち10日くらいは、一緒に行動できるようになりました。
それと、父の妹さんの涼子さんとその旦那さま、私が中二のときのトラウマ事件のときにワインを飲ませてくれた、まあるい体型のテレビ局のディレクターさん、も同じ時期にイギリスに居るので、何日か合流する予定でした。

初めての海外旅行にワクワクな私は、その準備で洋服やら何やらのお買い物をしたり、後顧の憂い無く遊び倒すために夏休みの宿題、さすがに進学校だけあって膨大な量でした、を片付けたりで、夏休み前半から、しーちゃんやクラスのお友達とは、ほとんど遊べない状態がつづきました。

二週間のヨーロッパ旅行を満喫した私は、山ほど買ってきたお土産を渡す、という名目で、久しぶりに中学校時代のお友達を我が家に呼んでお泊り会をすることにしました。
夏休みも残すところあと10日となった蒸し暑い日に、愛ちゃん、曽根っち、ユッコちゃん、あべちん、そしてしーちゃんの5人が我が家に勢揃いしました。

愛ちゃんとは、バレエ教室のたびに会っていたので、お互いの近況は知っていました。
愛ちゃんは、高校でもやっぱり陸上部に入って、今は走り高跳びの記録更新に夢中なんだそうです。
夏の間も練習に忙しかったらしく、キレイな小麦色に日焼けしていました。

ユッコちゃんは、名門水泳部に入って毎日プール三昧。
ピッチリしたタンクトップの隙間からところどころ覗く、競泳水着の形の白い肌がセクシーでした。
胸も少し大きくなったみたい。

曽根っちは、中三のときにおつきあいを始めた一つ年上のカレシと順調に交際をつづけているみたいです。
あべちんからえっち関係のことを聞かれて、言葉を濁していましたが、口ぶりからするともうヤっちゃったみたいでした。
言葉の端々に、そんなことは、たいしたことじゃない、みたいな余裕が滲み出ていました。

しーちゃんも元気そうでした。
「ワタシ、あさってから美術部の合宿で湖畔のペンションに行くんだ。二泊三日だって。テニスもできるらしいヨ」
「へー。しーちゃんの口からテニスなんて、なんだかビックリ」
ユッコちゃんが感心したように言いました。
「しーちゃん、高校行ってから、前より明るくなったよねー?」
あべちんも驚いていました。

「あべちんはねー、夏休み前に2年の先輩から告られて、つきあい始めたんだよー」
愛ちゃんがクスクス笑いながら暴露します。
愛ちゃんとあべちんは同じ公立高校に進んで、クラスは別々でしたが、あべちんが告られた日に愛ちゃんの家を訪ねて来て、聞かされたそうです。
私は、夏休み中はバレエ教室もお休みして愛ちゃんとも会っていなかったので、そのお話は初耳でした。

「でもねー。結局タイプじゃなかったんだよねー」
当のあべちんは、浮かない顔をしています。
「始めは、初めてのことだからワクワクしてたんだけどさー・・・」
「何て言うか、チャラくってさー。顔はまあまあなんだけど、やることなすことガキっぽくて、薄っぺらくて」
夏休み中に3回ほどデートしたのだそうですが、話題はテレビのバラエティ番組の受け売りばっかだし、選ぶ映画はミーハー丸出しだし、カラオケでは裏声で女性歌手の歌ばかり歌うし。
「それで、何かとわたしにさわりたがるんだよねー。3度目のデートの別れ際に無理矢理キスしてこようとするから、突き飛ばして、それ以降連絡とってない」
「何て言うか、結局おまえ、ヤりたいだけ違うんか?って感じでさ。あーやだ!」
あべちんが憤懣やるかたない、って様子でつづけます。
「そしたら、今度はやたらメール送ってきてさ。それがまたキザっぽいキモい文面なんだ。似合わねーよって言ってやりたいけど一切返事してない」
「新学期に学校行って会ったら、はっきりお断りすることに決めました」
あべちんは、らしからぬ真面目な調子でしめくくりました。

そんな感じで久しぶりのワイワイガヤガヤ、楽しい夜通しのおしゃべりでした。
一見、中学校のときとまったく変わらない私たちでしたが、やっぱりそれぞれ少しずつ、オトナへの階段を登っているんだなあ、なんて感じていました。


しーちゃんのこと 13

0 件のコメント:

コメントを投稿