2013年10月13日

コートを脱いで昼食を 14

 ジュエルケースにしまっておいたチョーカーを取り出しました。
 手に取っただけでからだが火照ってきます。
 鏡の前で、そっと首にあてがってみました。
 うわ、すっごく目立っちゃう・・・
 白いブラウスとベージュのジャケットといういでたちの中では、首元に艶のあるエンジ色はとても目立ちます。

 これを着けると街中にマゾオーラを撒き散らしてしまうので、外出時の装着は禁止されていた首輪型チョーカー。
 それなのに今日は、これを着けて外出、っていうご命令です。
 メス犬マゾペットの首輪を着けてマゾオーラ全開の私の姿を、シーナさまはいったい誰にお見せになる気なのでしょう?
 下半身がモヤモヤ疼いて仕方ありません。

 チョーカーをジャケットのポケットに入れて、ハンドバッグを片手にマンションを出ました。
 マンションの門から10メートルくらい離れた路上に、見覚えのある黄色くて四角張った可愛らしい感じのシーナさまの愛車が、ライトをチカチカさせて待っていました。

「お待たせしました」
 助手席に乗り込むと、シーナさまが右手のひらを上に向けて、黙ったまま私の前に突き出してきました。
「あ、はい・・・」
 ポケットからチョーカーを取り出し、シーナさまの手のひらの上に乗せて、背中を向けます。
 シーナさまが手際よく、私の首にチョーカーを装着してくださいました。

 前を向くと、車のルームミラーに私の首元が映りました。
 やっぱり目立つ・・・
 鏡の中の自分と目が合って、頬が火照ってきました。

「うん。いい感じ。とても直子らしくなったわ」
 首だけ左にひねってずっと私を見ていたシーナさまが、嬉しそうにおっしゃいました。
「今日はわたしと一緒だから、思う存分マゾオーラ発散しちゃっていいから。でも、普通にアクセとしても、ちゃんと似合っているわよ」
 シーナさまが私の右頬に軽くチュッとしてくれました。

 そのまま私の右耳に唇を寄せて、
「どうせまた、濡れてきてるんでしょ?」
 低くささやかれました。
「は、はい・・・」
 チョーカーを着けられたときから、アソコの奥がキュンキュンうごめきだし、今のシーナさまのささやきの途端に、自分でも、あっ、と思うくらいたくさん、分泌物が滲み出てきているのがわかりました。
「ふんっ。いやらしい子」
 シーナさまが投げ捨てるみたいにつぶやき、車がスイーッと滑り出しました。

 車の中でも、スカートをまくれとかいう類のえっちなご命令は一切無く、シーナさまは運転しながら、イスタンブールで食べたサバのサンドウィッチのお話などをされていました。
 私は首のチョーカーが気になって、お話をお聞きしながらも時折ルームミラーをチラ見してはドキドキしていたのですが、やがて気持ちが落ち着いてきました。
  
 車はしばらく、交通量の多い大通りを走ってから、住宅街ぽい脇道に入りました。
 その住宅街は、どのお家も一軒一軒の敷地が広く、ゆったりと立ち並んで、全体的に落ち着いた雰囲気を醸し出していました。
 どのお家もデザインが洒落ていて、塀や門が立派で緑も多く、どう見てもお屋敷、という感じな趣のあるお住まいもありました。

「もうすぐ着くわよ」
 窓の外をもの珍しげに、熱心に眺めている私に、シーナさまからお声がかかりました。
「あ、はい。えっと、ここは、このあたりは、どこなのですか?」
「駅で言うと目白になるわね。いわゆる高級住宅街っていうやつよ」

 目白って言うと、池袋の一つ隣です。
 駅一つ違うだけで、こんなに街の雰囲気が変わるなんて。
 あらためて東京ってすごいなー、って思っていると、車が減速して左へ曲がり、アーチ型のゲートをくぐって地下へつづくらしいスロープを降りていきました。

 ゲートをくぐるときに、その敷地内に建っている建物が見えました。
 高校のとき、家族旅行で訪れて見たことのある、パリの高級アパルトメントのような瀟洒な、目を惹く外観のアンティークぽい建物でした。
 リゾート地のホテルとかにありそうなデザイン。
 ホテルなのかな?
 でもまさか、こんな高級住宅街にはホテルなんて建てないだろうし・・・

 スロープを降りた先は、車が10台くらい置ける駐車場になっていました。
 シーナさまは空いているスペースに手慣れたハンドルさばきで車を停めました。
「充分間に合ったわね。よかった。土曜日だからもう少し渋るかと思ったわ」
「あの、シーナさま、ここは・・・何ですか?」
「え?あっ、ひょっとしてラブホかなんかだと思ってる?あの外観見て」
 シーナさまが可笑しそうにクスクス笑います。
「そんなわけないじゃない。ここは普通のマンションよ。あ、でも普通ではないわね、お家賃的には、高級マンション、に該当する物件だから」

 車を降りてふたり、駐車場に隣接したエレベーターホールへ向かいました。
「そうそう、今日の直子は、モリタナオコだから。その名前で先方には言ってあるから」
「だから、モリタさま、って呼ばれたらちゃんと返事してね」
「本名だとちょっとマズイかな、とも思ったのよ。だから、これからずっと、ここに来たらあなたは、モリタナオコだから、ね?」
「は、はい・・・」

 本名だとマズイこと、って何だろう?
 シーナさまが企てたことですから、えっちな事柄に関連することであるのは間違いありません。
 先方、とおっしゃったから、これから誰かと会うことになるのも確実です。
 本名を隠しておいて良かった、と思うくらい、その人の前でとんでもなく恥ずかしいめに遭わされちゃうのでしょうか。
 ドキドキがどんどん激しくなってきました。

「14時から予約を入れているシーナです」
 エレベーターの扉脇に付いたテンキーを操作してから、シーナさまがインターフォン越しに告げました。
 ほどなくエレベーターが降りてきて、扉が開きました。
 シーナさまが4階のボタンを押し、エレベーターが上昇を始めます。
 監視カメラが付いているらしく、天井付近のモニターに私たちふたりの姿が俯瞰図で映っていました。
 その映像の中でも、私の首のチョーカーは、かなり目立っていました。

「さあ、いよいよだわね、直子。いろいろがんばって、ね?」
 シーナさまが嬉しそうに謎な言葉を投げて、私にパチンとウインクしました。

 エレベーターの扉が開くと、そこはホテルのフロントみたいになっていました。
 大理石の床と壁に、木目も鮮やかで重厚なカウンターが置かれ、その向こうでスーツを着た綺麗な女性がニッコリ微笑んでいました。

「ようこそいらっしゃいませ、シーナさま、そしてモリタさま。お待ちしておりました」
 両手を前で揃えた完璧なお辞儀の後、またニッコリと微笑みます。
「どうぞ、こちらのお部屋へお入りください。チーフも中ですでに準備して、おふたりのご到着をお待ちしておりますから」
 カウンターから出てきて、私たちを案内するために一歩先を歩いていく彼女。
 そのタイトなスカートからスラリと伸びた脚線美に見蕩れていたら、お部屋のドアが開きました。

「お履物はここでお脱ぎいただいて、ご用意いたしましたその室内履きにお履き換えください」
 女性が一歩退いて、私たちを入口のお部屋側に通してくれました。
 そこから覗いたお部屋の様子に、もうびっくり。
 ゴージャス。
 その一言しか思い浮かびませんでした。

 応接間にしては、いささか広すぎる床のほとんどを覆っている、暖色系のグラデーションによるアラベスク文様鮮やかな、毛足の長いペルシャ絨毯。
 適材適所に置かれた、アンティークながらお手入れの行き届いていそうな、見るからに高級そうな猫脚の家具たち。
 品良く飾られた、どこかで目にしたことのあるような絵画と彫刻。
 きっとレプリカではなく本物なのでしょう。
 お部屋の中央付近には大理石の大きめなテーブルが置かれ、そのテーブルを挟んで、柔らかそうなソファーに腰掛けたご婦人がふたり、ティーカップを前にして談笑されていました。
 お部屋全体に、お香なのかアロマキャンドルなのか、何とも言えない甘くていい香りが漂っています。

 豪華すぎるお部屋を前にして呆然と立ち尽くす私を尻目に、シーナさまはスタスタとテーブルのほうへと歩いていかれました。
「ミス・シーナ、お久しぶりね。会いたかったわ」
 こちらを向いてソファーに腰掛けていたご婦人がゆっくりと立ち上がり、テーブルの脇に立ってシーナさまを迎え、やんわりとふたり抱擁されました。
「チーフのお仕事、順調に伸びているみたいね。下の駐車場で見たわよ。また車、変えたでしょ?」
「ああ。あれはお客様の送迎用の車よ。設備投資みたいなもの」
「ここのお得意様って、新型のジャガーで送り迎えしてもらえるんだ。リッチだわねー」
 おふたりがとても親しげに、お話されています。

 シーナさまのお相手をされているご婦人は、パッと見た感じ20代後半から30代前半。
 ゆったりとした品の良いパープル系のワンピースで、からだつきはスレンダー、胸元に3連の細いゴールドチェーンがキラキラ揺れています。
 お顔が小さくて彫りが深く、背もけっこう高めだから、ひょっとすると欧米系のハーフさんかもしれません。
 そのクッキリした目鼻立ちをキツクならないように上手にメイクして、ショートめの髪をゆるやかなウェーブで左右に分け、全体として、すっごく華やかな美人さん、という印象です。

「ほら、直子も早く、こちらにいらっしゃい」
 シーナさまに促され、案内していただいたスーツの女性にも、微笑みながら、どうぞ、という手振りで後ろから促され、おずおずと柔らかな絨毯をフワフワのスリッパで踏んで、シーナさまに近づきました。
「それにしても、ミス・シーナがこんなにお若いかたをお連れになるとは、思いもよらなかったわ。ミス・シーナ、あなた最近、趣味変わったの?」
 チーフと呼ばれた、ハーフなお顔のご婦人が、心底驚いたという感じで、シーナさまを見つめています。
「そういうことではないけれどね。この子はいろいろワケありでさ。まあそれはともかく、紹介する・・・」
 シーナさまが私のほうを向いて、チーフさんのことを私にご紹介してくれそうになったとき、チーフさんが私に向けて名刺を差し出してきました。
「ミス・モリタさん、だったわよね?わたくしはこういうものです。今後ともよろしくね」
 チーフさんがニコッと笑いかけてくれました。

 受け取った名刺を見てみます。

 サロン エンヴィ envy (艶美)
 代表 アンジェラ 樹里

 それに住所と電話番号が書いてありました。
 裏返すと同じことが英語で書いてあります。

「サロン?」
 思わず独り言を小さくつぶやいてしまいました。

「だからね、ここは・・・」
 シーナさまが私に説明しようとすると、再びチーフさん、つまりアンジェラさんが遮りました。
「まあまあ、立ち話もなんだから、一回みんな座りましょう。小野寺さん、お茶をご用意して」
 小野寺さんと呼ばれた、受付のスーツ姿の女性がお部屋の奥へ消え、私とシーナさまは、さっきまでアンジェラさんが座っていた側のソファーに並んで腰掛け、アンジェラさんは、先ほどまで談笑されていたもうひとりの女性の隣に腰掛けました。
 ほどなく小野寺さんが、お紅茶とチーズケーキを人数分持ってきてくださり、小野寺さんは、お部屋の入口近くにある椅子に、ひとり離れてお座りになりました。

「それじゃあまずわたしから、あらためてご紹介するわ」
 おのおのがティーカップを一口傾け、チーズケーキをひとかけら頬張り一息ついた後、シーナさまが口火を切りました。
「今日初めてこのサロンのお世話になる、こちらの女性は・・・」
 そこで一呼吸置き私のほうを見て、ニッと一瞬笑いました。
 すぐにアンジェラさんたちのほうに向き直り、私を右手でバスガイドさんのように指し示しながら、シーナさまがつづけます。
「一番新しいわたしのドレイ、モリタナオコです」

 えっ!?
 シーナさま今、私のことを、わたしのドレイ、っておっしゃらなかった?
 えーっ!?
 私の聞き間違いじゃないよね?
 えーーっ!?
 何それ?そんなこと言っちゃっていいの?えーーーーっ!何?何?何?何?
 思いもよらないシーナさまのお言葉に、私はあっさりパニックに陥りました。


コートを脱いで昼食を 15


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