2018年1月7日

三人のミストレス 16

 そのままの格好で恐る恐る、上目遣いで辺りを見回してみます。
 立ち並ぶ雑居ビルの壁から突き出している、ピンク、ブルー、オレンジ、色とりどりに光る袖看板。
 車道と歩道の境目にメニューの書かれた黒板式の看板も立ち並び、街灯とネオンで夜の11時前とは思えないほどの明るさ。

 ひっきりなし、と言って良いほどに楽しげに歩道を行き交う人たち。
 本宮さまが停めたお車の脇を、タクシーや乗用車が頻繁に通り過ぎていきます。
 ガヤガヤザワザワ、まさしく、歓楽街、という感じ。

 やっと助手席のドアが開き、お姉さまが降りてこられました。
 つづいて運転席側から本宮さまも。

「それでは、ご利用ありがとうございました。どうぞ存分に週末の夜をお愉しみくださいませ。また後ほど、お迎えに上がりますので」
 制帽をお取りになり、深々と綺麗なお辞儀姿でご挨拶くださる本宮さま。

 キリッとした黒スーツ姿の本宮さまは、それでなくても薄着なかたが多いこの熱帯夜の中、スレンダーなプロポーションとも相俟って、余計に人目を惹いているみたい。
 お顔をお上げになると、明るい街灯の下、少し色を抜いたセシルカットが細面によくお似合いな、某老舗女流歌劇団に居らっしゃいそうな物凄いマスキュリン美人さんでした。

 お姉さまが私に近づいてこられます。
「直子は、ここ、初めてよね?ほら、そんなふうにモジモジ縮こまっていないで、もっとシャキッとしていないと悪目立ちしちゃうわよ?」

 私にぴったり寄り添って剥き出しの肩をポンと叩いてくださいますが、バスタオル一枚のこんな心細い格好で、どうシャキッとすれば良いのでしょう。
 余計に胸元を押さえる手に、力が入ってしまいます。

「あ、そっか。直子は露出願望の見せたがり屋さんだから、目立ってもっとみんなに注目して欲しいんだ?」
 ご愉快そうにイジワルになったお顔を寄せてこられるお姉さま。

「直子のそばに寄ると、やっぱりけっこう臭うわね、淫乱マゾメスの臭い。タオルにもグッショリ沁みついちゃっているのね」
 お酒のせいなのでしょうけれど、普段よりずいぶんご陽気で、いささか品を欠く言動なお姉さま。

「ほら、ちょっと臭い消ししてあげる」
 肩から提げたバッグから何か取り出し、首筋やタオルにシュッシュと吹き付けてくださいました。

 鼻腔をくすぐる、嗅ぎ慣れた麗しのお姉さまの香り。
 お姉さまが普段おつけになっているグリーン系ローズマリーな香りに全身が包まれます。

 お姉さまとおそろいだ・・・お姉さまに抱き寄せられているみたい・・・
 束の間の天にも昇りそうなシアワセ気分。

「ついでに、これもね」
 うっとりしている私の顔にお姉さまの右手が近づいて来た、と思ったら、その右手が首のほうに下がり、カチンと小さく金属的な音が聞こえました。

 視線を落とすと私の首輪のリングに、細めな銀色の鎖のリードが繋がっていました。
 私の足元くらいまでありそうなそのリードの先端は、もちろんお姉さまの右お手元に。

「さあ、酔い醒ましにちょっとお散歩しましょう。あたしの可愛いマゾペットちゃん」
 お姉さまが嬉しそうにおっしゃり、鎖をグイッと引っ張られました。

 本宮さまのお車がスーッと発進され、通りの向こう側から私たちを隠すものが何もなくなりました。
 私を取り囲むようにしてくださっていた里美さまとしほりさまも私の半歩くらい手前を並ぶように歩き始め、リードに繋がれた私が群れの最後尾で一番目立つような隊列になってしまっています。

 真夏の夜更け、ほとんど無風。
 裾が煽られる心配が無いのは不幸中の幸い。
 だって、ヒラリとめくれたらすぐにワレメの割れ始めがコンバンハ、しちゃいそうな超ミニスカ仕様ですから。

 だけど風が無い分、熱帯夜の湿った熱気が全身にまとわりつき、火照ったからだが一層汗ばんでしまいます。
 全身を縮こませているので、腋や両腿のあいだは、もうヌルヌル。

「ほら直子?だからそれじゃあ悪目立ちだってば。ショーのときみたいに背筋伸ばして、堂々と歩きなさい。視たいのなら視なさい、って感じで」
 お姉さまが振り向いて、呆れたようにおっしゃいますが、胸元を庇う両手を外すことは出来ません。

 だってこの頼りないバスタオルがハラリと解けてしまったら、恥部全部丸出しなハーネスひとつの、正真正銘マゾメス姿を天下の往来で曝け出すことになってしまうのですから。
 そんなふうに考えているあいだも、四方八方から無数の視線を感じています。

 せめてリードのチェーンだけでも目立たないように、と小走りでお姉さまのお背中に近づきました。
 里美さましほりさまと女性4人、狭い歩道を横並びで歩くような形。
 他のかたの通行の妨げとなり、かえって目立ってしまっているかもしれないと思い、やっぱり下がろうとしたとき、前方から女性のおふたり連れ。

 里美さまとしほりさまが後方へ退いてくださり、それからはお姉さまと私、里美さまとしほりさまの二列縦隊。
 その代わり女性おふたり連れからは、擦れ違いざまマジマジと、ご興味津々な視線をいただいてしまいました。

「直子も話に聞いていると思うけれど、この一帯はゲイの社交場、同性好きな人たちが集まるエリアなのよ」
 わざとでは?と思うくらいゆっくり歩きながら、お姉さまがご説明してくださいます。

「男性向けのお店のほうが圧倒的に多いけれど、女性向けのお店も結構あるの。同性愛者全般が日常としてすんなり受け入れられているのよ」
「女装した男性とかも普通に歩いているし、夏だから女性も男性もセクシーな格好多めでしょ?だから少しくらいキワドイ格好をしていても目くじら立てる人なんていないのよ、ここでは」
「他の繁華街と違ってここは、自分の性的な性癖に正直になっていい場所なの。都内で唯一、しがらみ抜きで性的にオープンになれるオトナの社交場」

 お姉さまのご説明を踏まえてもう一度周りをおどおど見渡すと・・・
 確かに歩いている人たちは、圧倒的におふたり連れが多いみたい。
 それも同性同士が。

 会社帰りのOLさんらしきおふたり連れ、ピチピチな黒のタンクトップから筋骨隆々な二の腕を覗かせているマッチョさんと長髪ミュージシャン風な男性おふたり連れ、どう見ても女装さんなたぶん男性おふたり連れ・・・
 年齢層もさまざまで、ご中年ぽい男性と若いかたの組み合わせや、夏休みのせいか、まだ高校生くらいじゃない?と思うような童顔の女の子同士も。
 
 私たちと擦れ違っても、こちらを一瞥もされないほど、ご自分たちおふたりの世界に浸っているようなかたたちが多いみたい。
 このかたたちみなさま、同性がお好きなかたたちなんだ・・・
 幾分気がラクになりましたが、それでも格好が格好ですから、堂々とモデルウォーク出来るような気分にはまだなれません。

 擦れ違うときに、驚いたような好奇の視線で私をマジマジと視つめてこられた男女のカップルさんがおられ、少しラクになっていた気分がたちまち緊張、思わずお姉さまに抗議してしまいました。
「あの、男女のカップルさんもいらっしゃいますよね?」

「そりゃあ、ここは基本的に飲み屋街だからね。ノンケ出入り禁止の店もあるけれど、オールオッケーなお店もけっこうあるし」
 あっけらかんとおっしゃりながら、より細い路地へと歩みを進めるお姉さま。

「直子、あたしがいくら言ってもおどおどしたままなのね?いいわ。里美?直子の両手、背中で繋いじゃって」
「はいはーいっ!」
 路地に入って足を止められたお姉さまから里美さまへご指示が飛び、里美さまの待っていました、とでもおっしゃりたげに嬉しそうなお返事。

 里美さまとしほりさまが、ササッと私の両脇に立たれました。
 胸元を押さえている両手を、しほりさまがやんわり握ってきます。

「さ、大人しくその両手を背中に回しなさい。抵抗するならタオルごと引っぺがすわよ?」
 唇の両端を押し上げた、しほりさまのゾクゾクしちゃうイジワルい微笑み。

「は、はい・・・」
 為す術無く胸元から両手を離し、お尻の側へ回す私。
 すかさず里美さまがどこから取り出されたのか、両端にナスカンの付いた短かい鎖を私の目の前にぶら下げてきます。

 あらかじめ装着されていたレザーリストベルトが、早くも威力を発揮します。
 右手首のベルトのリングにナスカンが嵌められ、すぐに左手首にも。
 私の両腕は、お尻の割れ始めのあたりで、短かい鎖に繋がれた後ろ手錠状態になりました。

 これでもう、どなたかにバスタオルを剥ぎ取られても、自分では一切どこも隠すことが出来なくなってしまいました。
 ゾクゾクっという戦慄がマゾマンコの奥をキュンキュン潤ませてきます。

 後ろ手になってすぐに、里美さまの右手がバスタオルの折り込み部分に伸びてきたとき、早々と絶望感が駆け巡りました。
 でもそれは、緩み気味になっていたバスタオルの巻付けを直してくださったのだとわかり、盛大な安堵感。

 手錠を掛け終え、再びゆるゆると歩き始めます。
 でも、お酒でご陽気になられているお姉さまがたがいつイタズラ心をお出しになり、バスタオルにお手を伸ばしてくるか、気が気でなりません。

「この路地周辺はね、とくに女性向けのお店が密集していて、エルの小路、なんて呼ばれているんだって」
 頭上で光るカラフルな袖看板を見上げながら、お姉さまのご説明。

「エルはもちろんレズビアンのエルと思うでしょう?フランス語で彼女って意味のELLEだったらオシャレだけれど、実際は小路がL字型に曲がっているから、っていう風情の無い理由が真相らしいわよ」
 可笑しそうに笑われるお姉さま。

 確かにこの小路に入ると、女性カップルさんのお姿が目立ちました。
 そして女性のほうが男性より、あからさまに興味津々で不躾なまなざしを私に投げてくるような気がしました。

 後ろ手錠にされているときも、数組のカップルさんが私たちの傍を通り過ぎていかれましたが、みなさま一瞬ギョッとしたように歩みを止められ、それからクスクスと言うかニヤニヤ言うか、好奇に満ちた瞳で私たちをジロジロ眺めつつ去っていかれました。

 長身スリムなショートカットさまと、見るからにフェミニンなロリータ系ファッションさまという、典型的なレズビアンカップルさまは、私たちを見つけると同時に、こちらにも聞こえるようなお声でこうおっしゃっていました。

「・・・やだ何あれ?AVの撮影?」
「カメラマンがいないからプレイなんじゃない?」
「3対1かあ、凄そう。このへんでアオカンでもすんのかな」

「あれってバスタオルよね?きっとあの下、ハダカで縛られてるんだよ」
「あの子、見るからにドエムって顔してるもんね。いいな愉しそうで」
「絶対マンコ、グショグショに濡らしちゃっているんだろうね・・・」

 私たちの前を通り過ぎた後も、数メートル先で立ち止まってもう一度振り返り、お顔を見合わせて二言三言、何かお話されていました。
 おふたりが私に投げかけてきた、蔑みと羨望が複雑に入り混じったようなまなざしに、ここに来てから一番激しく身悶えしたいほどの羞恥と劣情を感じていました。

 首輪に後ろ手錠バスタオルな自分のドマゾ姿が見世物にされている、という恥辱感の反面、そんな姿でもここでは咎められることも無く好奇の視線ながら許容されている、と思える安心感もあり、最終的にそれらすべてが被虐を経由した欲情となり、キュンキュンムラムラからだを火照らせます。
 内腿からふくらはぎへ、トロトロ滑り落ちていく液体は、汗だけではありませんでした。

 小路の両側にも色とりどりの小さめな袖看板とネオンサインが連らなり、ダンスミュージックっぽい音楽や弾けたような黄色い笑い声が、どこからか漏れ聞こえています。
 こんな格好をしていても、なんだか居心地の良いところ・・・
 そんなふうに思えてきました。

 やがてお姉さまがおっしゃった通り、小路はほぼ直角に右側へと折れていきます。
 曲がり角を折れると、向かって左側だけ妙に暗め。

「あ、お墓・・・」
 見たままのことが素直に口から出ていました。

「そう。こっち側は向こうに見えるお寺さんの敷地。このへん一帯は江戸時代から昭和の半ば頃まで遊郭として栄えたところでね、戦後は所謂、赤線、て呼ばれた色街の一画だったんだって」
「それで、あのお寺は江戸時代から、お女郎さんの投げ込み寺、って呼ばれて、男性の性欲の捌け口となって命尽きた女性たちをずっと、弔ってきたそうよ」

「そう聞くとお墓でも、なんとなく怖くなくなるでしょう?直子の大好きなえっちなことに、大いにゆかりのあるお寺さんなのだから」
 ご冗談ぽくそうおっしゃって、リードをグイッと引かれました。

「ところで、ここまで来たらもう、直子がこれからどこへ連れて行かれるのか、わかったのではなくて?」
 くちづけしそうな勢いでお姉さまに顔を覗き込まれ、後ろ手錠の私はトットットとつんのめってしまいます。

「あ、は、はい・・・」
 実を言うと、二次会は新宿、とお聞きして、少し期待していました。
 この場所で降ろされ歩き始めたとき、期待は確信に変わりつありました。

「やよいせ、あ、いえ、百合草先生の、お店、バー、ですか?」
「ピンポーン!大当たりー。直子がヴァージンを指で破られた忘れじのご主人さまのところに向かっているの。超お久しぶりよね?愉しみでしょう?」
 相変わらず少し品を欠き、それになぜだか幾分トゲも感じるお姉さまのお言葉。

 私が中学の頃からのバレエの先生、やよい先生にお逢い出来るとしたら、本当にすごく久しぶりでした。
 私が東京に出てきてからは、入学直後から一年生のときに数回お逢いしたきり。

 お電話やメールはときどきしていましたが、それも、お姉さまとおつきあいし始めてからは途絶えていました。
 もちろん東京に来たからには、やよい先生のお店にすぐにでもお伺いしたかったのですが、やよい先生から、卒業するまで絶対にダメ、と固く禁じられていました。
 卒業とほぼ同時期にお姉さまと出逢いましたから、それ以降、伺う機会はありませんでした。

「はい・・・すごく久しぶりです」
「今夜は、会えないあいだに直子がどれほど立派なマゾ女に育ったか、百合草女史に、じっくり視てもらわなくちゃね?」
 満面の笑みでおっしゃるお姉さま。

 そう言えばお姉さまは、私がおつきあいをお願いしたとき、わざわざやよい先生とご連絡を取ってお会いになり、交際のご報告をなさっていたのでした。
 それに、私と出会う前から、やよい先生のお店はご存知で、伺ったこともあるようなご様子でもありました。
 
 お姉さまは、おつきあいが始まってすぐ、直子が百合草女史やシーナさんから今までにされてきたえっちなアソビの記憶を、あたしとのことで全部上書きしちゃうつもりだから、とおっしゃってくださいました。
 そのお言葉はとても嬉しく、事実お姉さまの会社に入ってからは、それ以前を上回るヘンタイな毎日を余儀なくされ、やよい先生のことを思い出すことも少なくなっていました。

 でもやっぱりお姉さま、私の過去のこと、お気にされているのかな・・・
 そう言えばご自分で、飽きっぽいのに嫉妬深い、っておっしゃっていたっけ。
 私の心は出逢ってからずっと、お姉さま一途なのに・・・
 
 それで、こういう破廉恥な姿で私をお店に連れて行って、昔の直子とは違う、ということを、やよい先生に知らしめようとしているのかもしれないな。
 それなら私も、お姉さまと出会ってオトナなマゾ女に成長した私を、やよい先生にしっかりご覧いただかなくちゃいけないな。
 あ、でもお店でこの格好だったら、やよい先生からもまた、虐めてもらえるのかもしれない・・・
 歩きながら、そんなふうなことをとりとめもなく考えていました。

「たけど、百合草ママのお店は、このエルの小路ではないんだなー」
 お姉さまのお言葉通り、L字型の路地は、そろそろ終わろうとしていました。
 正面にここの3倍くらい広そうな道路が見え、ヘッドライトを照らした車が右へ左へ横切っていきます。
 リードを引っ張られ、その道を左折しました。

「直子にあの界隈の雰囲気を味わってもらいたくてさ、わざわざ寄り道したのよ?どう?いい感じだったでしょ?」
「あ、はい。こんな格好をしていても、通るみなさまになんだか面白がっていただけていたみたいで、恥ずかしかったけれど居心地も良かったです」
 素直にお姉さまのご配慮を嬉しく感じました。

「へー、このへんは打って変わって、ごく普通のオフィス街なんですね」
 里美さまとおしゃべりしつつ後ろを歩かれていた、しほりさまのお声。
 確かに、まるでさっきの小路の出口が現実世界への出口だったみたいに、ネオンキラキラの歓楽街から灯り少なめ地味めな、よくある夜更けのオフィス街へと景色が変貌していました。

 オフィスビルなのかマンションなのか、ところどころ窓辺に明かりが灯る低めのビルが立ち並び、駐車場や遠くに見える信号機。
 歩いている人もまばら、みんなおひとりで足早。
 全体がグレイに沈み、車の通る音だけ響く見慣れた夜更けの街。

 そんな日常な風景に戻ると、私の今の異常な格好を一層思い知らされます。
 首輪をリードで引かれ、後ろ手錠、からだにはバスタオル一枚、その下はおっぱいもマゾマンコも丸出しなボディハーネス。
 エルの小路の居心地の良さで忘れかけていた罪悪感寄りの羞恥が、理性をお供に一気にぶり返してきました。

 私を見つけたのであろう通行人の方々のご反応も、小路のときとは違って冷たい感じ。
 一瞬チラッと視て、すぐ目を背け歩き去るかた、立ち止まってじーっと目を凝らし、呆れたようにフッと笑うかた、うつむいてスマホを見つめたまままったく気づかずに擦れ違うかた・・・
 小路を歩いていたときのような安心感は消え失せ、イケナイことをしているというドキドキで、性懲りもなく淫ら汁が内腿を濡らしてしまいます。

「もう少しで着くわよ」
 道路を渡り二つ三つ路地を折れて、お姉さまがおっしゃいました。
 さっきの道路と垂直に交わるのであろう車が行き交う通りの少し裏手、細い路地に面したあまり新しくはなさそうな四階建てくらいのビルの入口前で、お姉さまの歩みが止まりました。

「ずいぶんわかりにくいところにあるのですね?」
 里美さまがそうおっしゃるということは、里美さまも初訪問なのでしょう。
 しほりさまも物珍しそうに辺りを見回しています。
 ビルの入口付近にはネオンも看板も、お店を示すようなものは何も見当たりません。

「ううん。直子がこんなだからさ、わざと人目につかなそうな道を選んで来ただけよ。普通ならさっきの道をまっすぐ行って、交差点右に折れて路地入ればすぐ。あのまま車に乗っていれば、あっさり20分くらい前に着いていたわ」
 
 お姉さまが笑いながらおっしゃり、オフィスビルっぽい入口脇の地下へと向かう階段を下り始めます。
 さすがのお姉さまたちも、天下の往来で私のバスタオルを剥ぐというような、キチク的行為はなさらなかったことにホッとしつつ、つづいて私も。
 
「直子は後ろ手錠だから、ゆっくり下りてあげる。つんのめって転んだら受け身出来ないで大怪我しちゃうものね」
 相当年季の入っていそうなコンクリートの壁に寄り添うように歩を進め、地下に到着。

 お客様商売のお店にしては、ずいぶんと暗めな間接照明でコンクリート打ちっ放しなエントランス。
 バレエのレッスン場や音楽スタジオのようにスチール製の重そうな紺色のドアがピタリと閉ざされています。

 ドアの目線の位置に、会員制、と黒字で書かれた白いプレート、その下に小さく赤字の英語で Members Only 。
 お店のお名前とか、レズビアンバーとかは一切書かれていませんでした。

 ドアの横にインターフォン。
 お姉さまが慣れた手つきでボタンを押し、こう告げました。

「こんばんは。遅くなりました。ダブルイーのエミリー他3名です。本日はお招き、ありがとうございます」
 少しの沈黙の後、インターフォンのスピーカーから、懐かしいお声が聞こえてきました。


三人のミストレス 17


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