2016年1月17日

オートクチュールのはずなのに 33

 6月に入ると、5月末ですべての数字が出揃った期末決算書類の最終チェックに追われる日々が始まりました。
 遅くとも2週間以内に、税理士の先生に数字一式をお渡しすることになっていたので、毎日遅くまでパソコンとにらめっこ。
 その作業では、すべて社長室にあるデスクトップパソコンを使うため、社長室にこもりっきりの孤独な日々がつづきました。

 その日の私の服装は、白無地のスタンドカラーブラウスにモスグリーンのハイウエストなフレアスカート。
 我ながらシックな感じにコーディネート出来たと、気に入っていました。
 そして首には、黒いレザーで細めなベルト型チョーカー。
 もちろん、お姉さま、いえ、チーフからプレゼントしていただいたものでした。

 あのアイドル衣装開発会議のご褒美として早乙女部長さまからチョーカーをいただいて以来、ずっと私は、チョーカーを着けて出社していました。
 チーフとのお約束、私がムラムラ期なときはチョーカーを着けるという、ふたりだけの秘密のサイン、を守るために。

 アイドル衣装開発会議の翌朝、チョーカーを着けてお日様の下、初めてひとりだけで外出するときは、すっごくドキドキしました。
 部長さまやリンコさまから、ファッション的に似合っている、とお墨付きはいただいていたものの、私にとってチョーカーとは、マゾの首輪、以外の意味を考えることが出来ない、特別なアクセサリーでしたから。
 チョーカーを着けて人前に出るということは、見知らぬ人たちに、私はマゾです、と自己紹介しているのと同じことでした。

 前夜の激しい夜更かしオナニーにも関わらず早起きし、鏡の前で悩みました。
 なるべくファッショナブルに、と言うか、オシャレの一環として身に着けているように見えるよう工夫して、ガーリーな雰囲気の襟ぐり広めなフラワーモチーフのワンピースと合わせて出かけました。

 お家からオフィスまで徒歩で10分弱。
 そのあいだ、さまざまな人とすれ違ったり追い越されたり。
 その人たちの視線がすべて、私の首に集中しているように思えました。

 あの女、朝っぱらから首輪なんかして人前に出て、OLみたいだけれど、つまりそういう種類の女なんだ、と道行くみなさまに思われているんだ・・・
 そんな妄想で、人知れずマゾマンコをキュンキュン窄めていました。
 
 でもたぶん、それは自意識過剰。
 ほとんどの人たちは、チョーカーはおろか私自身にさえ目もくれず、お勤めに急いでいたと思います。
 いずれにしても、自分のマゾ性を大っぴらに目に見える形にして人前に出るという行為に、恥ずかしいという気持ちと表裏一体の自虐的な心地良さを感じ、本当の自分をさらけ出しているという、ある種の爽快感をも感じていたことは事実でした。

「今日も着けて来たのね。ずいぶん気に入ってもらえたみたいで嬉しいわ」
 オフィスでは、部長さまを筆頭にみなさま普通に、私のチョーカー姿を受け入れてくださいました。
 リンコさまは、そんなに気に入ったのなら、と、今までコスプレ衣装で作ったチョーカーで私に似合いそうなのをプレゼントしてくださる、とまでおっしゃってくださいました。

 その翌日。
 出張からお戻りになったチーフは、お約束通り、お土産としてチョーカーをくださいました。
 幅1センチちょっとくらいのレザーベルトにこまかくバックルとホールがゴールドの金具で細工された、ワンちゃんの首輪っぽいけれど、ゴージャスでとてもオシャレなチョーカー。
 赤、白、黒の色違いを一本づつ、合計三本も。
 赤のにはハート型、白のには涙方、黒のには星型の小さなゴールドチャームが正面に吊るされていました。

「神戸のセレクトショップでみつけたの。店長さんがモデルと見紛うような奇麗なフランス女性で、扱っているアイテムもすごくチャーミングな品揃えだった」
「三色あれば服装に合わせたコーデもラクでしょう?直子のムラムラ期は長引く傾向があるからね、ずっと同じじゃ可哀相だと思ってさ」
 社長室でふたりきり、ヒソヒソ声でからかうように、そうおっしゃいました。

 シーナさま、部長さま、チーフ、そしてリンコさまからと、私のチョーカーコレクションが一気に充実して、朝のチョーカー選びが楽しくなりました。
 このお洋服だったら、どのチョーカーを合わせようか・・・
 毎日の生活の中で、チョーカーを着けている自分が普通となり、チョーカーを着けていない自分が物足りなくなっていました。

 だけど、チョーカーを着けて出社するということは、私がムラムラしているということをチーフにお知らせする、というサインでもありました。
 ということは、いつもチョーカーを着けていたいなら、いつもムラムラしていなければなりません。

 そのことについては自信がありました。
 だって、私にとってチョーカーは、いつまでも変わらずマゾの首輪で、マゾな私は、いつだってチーフ、つまり最愛のお姉さまに虐めて欲しい、と願っているのですから。
 
 チーフに逢えそうな日は、必ずチーフからプレゼントされたチョーカーを、それ以外の日はコーディネートを考えてコレクションから選ぶようにして、チョーカーは、私にとって欠かせない、毎日身に着けるファッションアクセサリーとなりました。

 そんなふうにして日々は過ぎ、決算書類の提出にも目処が付いた6月第2週の半ば。
 私は、白無地のスタンドカラーブラウスにモスグリーンのハイウエストなフレアスカート、黒のレザーベルトチョーカー姿で社長室にこもっていました。
 翌週末のイベントに向けての準備もほとんど整ったようで、その日はご来客も無く、オフィス内は束の間、平穏な雰囲気に包まれていました。

 開発のリンコさまとミサさまは、それまでのハードスケジュールから開放されて今週末まで一週間のお休み。
 チーフと営業のおふたかたは、相変わらずの外回りでおられず、オフィスには早乙女部長さまと私だけ。
 その部長さまもおヒマらしく、たまのお電話以外は、デスクで読書などをされていました。
 オフィスにはモーツアルトのピアノ協奏曲が、ゆったりと低く流れていました。

 私も決算のお仕事がやっと片付き、今日は早く帰れそうだな、なんて思いながら社長室のデスクトップパソコンをいたずらしていました。
 チーフのドキュメントフォルダーには、ネットから落としたらしきファッション関係の画像やショーの動画がたくさん入っていて、それらを眺めていました。

「この部屋にあるものは、鍵がかかっているところ以外、何をどうしても、どこをあさっても構わないわよ。見られたら困るようなモノは何も無いから」
 入社早々チーフがそうおっしゃっていたので、気兼ねする必要はありません。
 チーフが集めた画像や動画はセンスが良く、どれもエレガントで、中にはかなりエロティックなものも含まれていて、しばらく夢中で見ているうちに、どんどん時間が流れていきました。

 ひとつのフォルダーを見終わり、次のフォルダーへ、というタイミングで不意に電話が鳴り、ドキンと驚いてからあたふたしつつあわててマウスから手を離して受話器を掴みました。
 ふと時計を見ると、夕方の5時近く。
 部長さまへのお電話だったのでお繋ぎし、一息ついてあらためてパソコンの画面に向き直ったら、見たこともない画面になっていました。
 どうやらあわてた拍子に、知らずに何かクリックしてしまったみたい。

 大きなモニター画面が長方形に四分割されて、それぞれに違う画像が映っています。
 左上は、どこかの通路みたいな場所。
 右上は、どこかのオフィスみたいな場所。
 左下は、どこかの会議室みたいな場所。
 どれも天井から映したような、少し粗めの画像。
 そして右下だけ、真っ黒。
 画面の右端には、テレビのリモコンみたいな配置のコントロールパネルらしき画像のイラストが縦に通っていました。

 一見して、守衛室やエレベーターなどでよく見る、監視カメラからのモニター画像みたいでした。
 それにしても、どこの?
 と、思ったとき、ハッと気づきました。
 右上のオフィスのような画面の上のほうに、早乙女部長さまがお電話されているご様子が頭頂部から映っていました。
 ということはつまり、この画像は、このオフィス内?

 試しに各画面の上をクリックしてみると、その画面ひとつだけがモニターいっぱいにズーム出来るようでした。
 左上は、オフィスのドアの向こう側、すなわち、入口前の廊下の様子を、右上は、さっきの通りオフィスのメインフロアを、左下は、今は無人な応接室の様子を映し出していました。
 
 メインフロアを大きく映して、右側のパネルのスピーカーマークのフェーダーを上げると、パソコンのスピーカーからモーツアルトのピアノ曲とともに、部長さまがお電話されているお声も小さく聞こえてきました。
 
 これは画像ではなく、映像なんだ。
 それもライブで、リアルタイムの。
 つまり、監視カメラ。

 へー。
 このオフィスに、こんな仕掛けがあったんだ・・・
 画面を四分割に戻すと、音は聞こえなくなりました。
 四分割の左上では、部長さまがお電話を終え、読書にお戻りになっていました。

 無音の画面をじっと眺めていると、なんだかドキドキしてきました。
 後ろめたさと言うか、してはいけないことをしている感じ。
 盗聴、ではなくて、こういうのは何と言うのでしょう。
 覗き見?盗み見?盗撮?撮影はしていないから盗視?
 とにかく、何かこう背徳的な、罪悪感を感じる行為。
 見慣れたオフィスで、唯一映っている人物である部長さまだって、ただ普通に読書されているだけなのに、何かコソコソ、見てはいけないようなものを見ちゃっているような、後ろめたい感覚。

 チーフはやっぱり、他のスタッフのみなさまがサボっていないか監視するために、こんな装置を付けたのかしら?
 ああ見えて、あまり他のかたたちを信用されていらっしゃらないのかな?
 他のかたたちはこのことを、ご存知なのかしら?
 そんなことをとりとめなく考えていると突然、再び電話の呼び出し音が鳴り響きました。

 ギクッ!
 状況が状況でしたので飛び跳ねるほど驚き、焦って受話器を掴みました。
「お先に失礼させていただくわ。森下さんも適当に切り上げてお帰りなさい。戸締りよろしくね」
 お電話は内線で、部長さまからでした。
「は、はい。お疲れさまでした」
 ドキドキしつつお返事をして、モニターをメインフロアに切り替えました。
 受話器を置いた部長さまがスッと立ち上がり、更衣室のほうへ消えていくのが映っていました。

 部長さまが退社されたのを確認してからメインフロアに出て、カメラが設置されていそうな場所を確かめようと天井を見上げましたが、確かな場所はわかりませんでした。
 応接ルームも同様でした。
 たぶん、照明器具に紛れて付いているのだと思います。
 監視カメラのアプリケーションが、チーフのドキュメントフォルダーの中のCAMERAというフォルダーに入っているのを確認して、その日は私も早めに帰宅しました。

 その翌日。
 社長室に入りデスクトップパソコンを起動させ、カメラも起動させるかどうか迷っていると、軽いノックにつづいてドアが開き、ほのかさまがお顔をお見せになりました。

「おはよう。決算は終わりそう?たてこんでいるようなら、お手伝い出来ると思って。わたし、今日はヒマだから」
「あ、おはようございます。おかげさまで決算関係は昨日で終わりました。あとは先生にお送りするだけです」
「そう。よかった。ご苦労様。わたしも去年は、他の人たちがイベントの準備でてんてこ舞いの中、そのパソコンにつきっきりだったっけ」
 懐かしそうにデスクトップパソコンに近づくほのかさま。

「オフィスにわたししかいないとき、ここにこもっていると不意のご来客に対応出来ないから、画面の裏に監視カメラの映像を常駐させて、チラチラ見ながらの計算だったから、かえって落ち着かなかったなー」
 お顔を少し上に向けて、遠い日を思い出すようにおっしゃるほのかさま。
「へっ?!」
 思わずヘンな声をあげてしまいました。

「ほのかさん、あのカメラのこと、ご存知なのですか?」
「えっ?って、もちろんよ。これのことでしょう?」
 手馴れた手つきでフォルダーを開いていき、モニター画面にあの映像が広がりました。

「あの、実は私、昨日このパソコンをいたずらしていて偶然みつけてしまって、びっくりしちゃったのですけれど・・・」
「あら?チーフ、教えてくださらなかったの?なんでも、このオフィスを始めたときに取り付けたものだそうよ。早乙女部長の発案で」

「えっ?部長さまの?」
「そう。オフィスを起ち上げたとき、チーフと部長たち3人だけが正式な社員で、あとは各個人のお知り合いの人たちに臨時でお手伝いをしてもらっていたそうなの。そのお知り合いのお知り合いとかね」
 
 ほのかさまがマウスから手を離し、私に向き直ってお話してくださいました。
 モニターの四分割画面の片隅には、応接ルームで差し向かいになりお話されている部長さまとお客様の横顔が、斜め上からの映像で、比較的鮮明に映し出されていました。
 
「それで、チーフと部長おふたりの気心は知れているけれど、そのお知り合いとか、お知り合いのお知り合いとかだと、つまりはよく知らない人でしょう?」
「首脳陣がオフィスに誰もいなくて、その人たちだけに任せるようなこともあったから、最低限の防犯のために導入することにしたのだそうよ」

「最初のうちはチーフも面白がって毎日起動していたのだけれど、お手伝いしてくれた人たちもみんないい人たちばかりで、結局、そのカメラが活躍するような事件も、幸い何もおきなくて」
「そのうち飽きて、まったく起動しなくなった、っておっしゃっていたわ」
「へー。そういういきさつがあったのですか」

「わたしが去年、決算のお仕事を担当したときに、ここにこもってしまうとご来客の対応が出来ない、ってチーフにご相談したら、そう言えばこんな装置があった、ってやっと思い出されたくらいだもの。完全に忘れちゃっていたみたい」
「ということは、スタッフのみなさまは全員、カメラのことをご存知なのですね?」

「うん。その右下の黒いところは、デザインルームのカメラなの。数年前に早乙女部長がスカウトしてきたリンコさんとミサさんが入社して、しばらくはそこのカメラも生きていたのだけれど」
「ほら、あの中ではフィッティングとかで、モデルさんが裸になって着替えられたりされるでしょう?だからちょっとマズイんじゃないか、という話になったのですって。モデルさんのプライバシー的に」
「それでデザインルームのカメラには目隠ししたの。だからそこだけ真っ黒」
 ほのかさまが、さも可笑しそうに微笑まれました。

「だから、スタッフで監視カメラのことを知らない人は誰もいないの。チーフみたいに部長たちも、もう忘れてしまっていらっしゃるかもしれないけれど」
「それなら、私がここにこもるときは、このカメラ映像をつけっぱなしにしておいても、いいのでしょうか?」
「良いのではなくて?それで直子さんのお仕事が捗るのであれば。せっかくあるのだし」
「そうですよね」
 ほのかさまのご説明で、得体の知れない後ろめたさがずいぶんやわらぎました。

 それから私は、社長室にいるときはいつも、そのカメラの画面をモニターに映すことにしました。
 確かに、ご来客があればチャイムが鳴る前にどなたかすぐわかるし、部長さまが席を外されているときにお電話が来ても的確にご対応出来て、私のお仕事的に便利なものでした。
 ご来客さまとお話をされているほのかさまや早乙女部長さまをモニターで眺めるのも、イケナイ覗き見しているみたいで愉しく感じました。

 そうこうしているうちに、早くもイベント当日まで残り3日となっていました。


オートクチュールのはずなのに 34


DAVID BOWIE R.I.P. 

2016年1月11日

オートクチュールのはずなのに 32

 踊り始めたら、夢中でした。
 旋律に合わせてからだが勝手に動き始めていました。
 このヴァリエーションをレッスンしていた頃、いつもやよい先生からいただいていた注意点をご指摘されるお声が、頭の中で鮮やかに再生されていました。

「ピルエット・アン・ドゥ・オール、ペアテ、音にちゃんと乗って、膝伸ばして・・・」
「指先と爪先まで気を遣ってデベロッペ、上へ上へ伸ばしてー。脚もっと高くキープ・・・」
「ピケ・ターンでマネージュ。アラベスクはちゃんと一瞬止まって、ジュネは思い切りよく・・・」

 パチパチパチ・・・
 気がついたら踊り終えていました。
 レヴェランス、お辞儀したまま上目使いで窺がうと、早乙女部長さまたちが盛んに拍手をしてくださっています。
 そのまま、自分の胸元に視線を移すと、汗でインナーが肌に貼りつき、乳首の形が露骨過ぎるほどクッキリ浮き出ていました。

 スペースがあまり広くないので全体に動きがチマチマとしてしまったし、裸足なので爪先立ち、ポワントすべき箇所もドゥミ・ポワントまでにしか出来なかったのですが、久しぶりにしては自分でも、うまく踊れたほうだと思いました。
 そして、こんな裸に近い姿でのダンスをじーっと注目されていた状況に、マゾのほうの私もゾクゾク悦んでいました。

「すごいわ。よくあれだけクルクル廻れるものねー。しなやかで、とても美しかったわ」
「表情もとても良かった。誘惑の踊りって言うだけあって、艶やかで、いつもの直子さんとは別人みたいだった」
「そうそう。セクシー過ぎてアタシ、ヘンにドキドキしちゃったもの」
 みなさま、私の全身を遠慮無く眺めつつ、口々に褒めてくださいました。

 右の肩紐が落ちて乳首ギリギリで止まっていた胸元の布をさりげなく直し、もう一度ペコリとお辞儀をしました。
 予想通り、ショーツの布がお尻に食い込んで尻たぶほとんど露出の超ハイレグ状態でしたが、みなさま私から視線を逸らさないので、こっそり直すわけにもいきません。
 踊っている最中に、何度か乳首が風を切る感触がしていました。
 激しい動きで、胸ぐりや腋からときどき露になってしまっていたのは間違いありません。

「それだけ踊れれば、気持ちいいでしょうね。やっぱり森下さんは思った通り、フィッティングモデルに最適だわ」
 部長さまが目を細めて、私の全身をあらためて見返しながらおっしゃいました。

「おかげで、いろいろアイデアも浮かんだし、この衣装が完成したら、もう一度踊ってもらいたいわ。それまでにわたくしも、有名なバレエ音楽を調べて、ライブラリーに揃えておくから」
 嬉しそうに微笑んでから、みなさまを見渡す部長さま。

「ま、今日はこんなところでしょう。たまほのも森下さんも、ご協力、どうもありがとう」
「今日出た問題点を加味した上で、煮詰めていきましょう」
 リンコさまもノートをパタンと閉じ、突然のアイドル衣装開発会議はどうやら終了のようでした。
 私もホッと一息。

「わたくしはこの後、恵比寿寄ってからアトリエに戻るから、リンコは5時過ぎに合流してちょうだい。ミサは、早速Bタイプのインナーのパターンを修正してアトリエにメールで送ってください」
「わかりました」
 リンコさまとミサさまのユニゾンなお答え。
 部長さまはご自分の上着とバッグを掴み、早々とお出かけの態勢です。
 ドアに向かいかけた部長さまが足を止め、私に振り向きました。

「そうそう、森下さん?」
「あ、はい」
「これから着替えるのでしょうけれど、そのチョーカーは外さなくていいわよ」
「はい?」
「それ、とても似合っているから、プレゼントするわ。今日のお礼の意味も込めて」
「えっと・・・」
「モノはいいわよ。レザーもチェーンもジュエリーも。職人さんの手造り。今日頑張ってくれた、お礼」
「あ、はい・・・あ、ありがとうございます」
 部長さまは、ニコッっと笑みをひとつくださり、スタスタとドアの向こうへ消えました。

「よかったじゃん、ナオっち。確かにそれはいいモノだよ」
 部長さまのお姿が見えなくなったらすぐに、リンコさまが寄ってきて私の首のチョーカーを指さしながらおっしゃいました。
「それに確かに、ナオっちに超似合ってる」
 リンコさまの横でコクコクうなずくミサさまとほのかさま。

「そ、そうでしょうか?」
 ドキドキしつつ、首のチョーカーをそっと指で撫ぜる私。
 全身にビビビッと、マゾの電流が走ります。
「うん。さっき、それ着けて飛んだり跳ねたりしているのを見ていたら、フェアリー系?妖精っぽいて言うのかな?とにかくすっごく可憐だった」

 そういう捉え方もあるのか・・・
 私は、首輪、これはチョーカーですけれども、そういった首輪っぽいもの、と言えば、マゾとかドレイとかSM的なイメージしか浮かばないのだけれど、ちゃんとファッション的に捉えて似合っていると言われたことを、嬉しく感じました。
 それなら普段着けていても大丈夫かも、とも。

「首にアクセントがあると全体が引き締まるのよね。ナオっち首細いし。それにやっぱり、そこはかとないエロさも加わる」
 リンコさまが私の胸元をチラ見しつつ、イタズラっぽくおっしゃいました。
「それは今の服装のせいもある」
 ポツンとつぶやくミサさま。
 そんなおしゃべりをしながらゾロゾロと、着替えるために応接ルームへと移動しました。

 テキパキと衣装を脱いで下着姿になってから、スルスルっとワンピースをかぶるほのかさま。
「ふー、やっと落ち着いた。ああ、恥ずかしかったー」
 カワユクおっしゃるほのかさまは、膝下まで届く裾にご満悦。
「あ、ファスナー上げてあげて」
 リンコさまがすかさずミサさまをつつき、ほのかさまの背中を指さしました。
 照れたようにお顔を火照らせて、おずおずとほのかさまに近づくミサさまもカワユイ。
 
 この隙に私もさっさと、と、みなさまに背中を向け、ほとんど役に立たなかったスカートをストンと足元に落とし、大急ぎでジーンズに両脚を突っ込んでずり上げました。
 ショーツのお尻はハイレグ状態のままでしたが、一刻も早くジーンズで覆いたかったので仕方ありません。
 後でおトイレにでも行って直さなくちゃ。
 脱いだ衣装はリンコさまが回収され、丁寧にたたまれました。

 次に上、と思ってテーブルを見ると、白いフリルブラウスはあったのですが、ブラジャーが見当たりません。
「あれ?」
 ブラウスの下にも、ひょっとしてと思いテーブルの下も見てみましたが、どこにもありません。

「直子さん、どうかした?」
 キョロキョロしている私を不思議そうに見ているほのかさま。
「あの、私のブラジャー、知りませんか?」
「あっ!」
 私の質問に、ほのかさまの横にいたリンコさまが大きなお声をあげました。

「さっきあっちでナオっちがブラ外したとき、アタシが受け取ったでしょ?それで部長の傍に戻ったら、部長が手を差し出してきたの、渡しなさい、っていう感じで」
「それで渡したら、部長は丁寧に折りたたんで、当然のことみたいに自分のバッグにしまっちゃったのよね」

「えーっ?本当ですか?」
「アタシも一瞬あれっ?って思ったのだけれど、そう言えば、このブラはサイズが合わないから取り替えてあげます、みたいなことをナオっちに言っていたなーって思い出して」

「それから今まで、ぜんぜん疑問に思わなかった。考えてみれば、今日取り替えるっていう話ではなかったんだよね。止めなきゃいけなかったんだ。アタシって、ほんとバカ」
 リンコさまがすまなそうに、上目遣いで私を見ました。

「余ってるブラとかなかったっけ?サンプルで」
「直子に合いそうなサイズは、たぶんない」
 リンコさまのご質問にミサさまが即答。

 ひょっとして私、これから家に帰るまで、ブラウスにノーブラで過ごすことになるのかしら?
 それはマゾ的には、なかなか蠱惑的なハプニングではありました。
 でも、オフィスを出て家までの帰り道は、ひとりなのでちょっと怖いけれど。

「わたし、下のお店で買ってきてあげましょうか?」
 ほのかさまがおやさしくおっしゃってくださいました。
「あ、いえ、そこまでしていただかなくても・・・」
 私の心は、思いがけずに訪れた、強制ノーブラ勤務の自虐に傾き始めていました。
 みなさまの視線が当然のように、薄いインナーの布を露骨に浮き上がらせている、私の胸元のふたつの突起に集中しているのを感じながら。

「そうだ。いいものがある。ちょっと待ってて」
 いつものようにポツリとおっしゃったミサさまが、デザインルームのほうに駆け出されました。
 すぐに戻ってこられたミサさまの手には、肌色の薄くて小さなゴムっぽい物体。
「ああ。ニップルパッドか」
 リンコさまが少し拍子抜けされたようなお声でおっしゃいました。

「アタシは別に、乳首が浮こうが気にしないけどなー」
 いつもノーブラなリンコさまが、私をからかうみたいにおっしゃいました。
「リンコはそうだろうけど、直子はたぶん気にする。恥ずかしがり屋だから」
 ミサさまの助け舟。
「そうですね。同じノーブラでも、トップを気にしなくていいのは、気分的にずいぶん楽です」
 ほのかさまも同調してくださいました。
「ふーん。そういうもんですかねー」
 ちょっぴり拗ねたように、おふたりのバスト周辺に視線を走らせたリンコさま。

「使い方わかる?」
 ミサさまが手渡しながら尋ねてきます。
「はい。貼る、のですよね?」
「うん。ぺったり」
 手渡していただいたニップルパッドは、池袋でお姉さま、いえ、チーフと再会したとき、居酒屋さんで裸にされて貼られたものと同じ製品でした。

 再びみなさまに背を向けて、インナーのジッパーを下ろしました。
 インナーを脱ぎ去ると、ミサさまが回収してくださいました。
 上半身裸になって、バストトップにニップルパッドを貼り付けます。
 ヘンにコソコソせず、出来るだけ自然な感じで。

 貼り付け終えても、どなたも私にブラウスを手渡してくださいませんでした。
 自分で振り向いて、テーブルの上のブラウスを取り、みなさまの前で袖に腕を通すしかないようです。
 トップは隠れているとはいえ、ついにみなさまに、私の生おっぱい全体をご披露することになりました。
 極力平静を装いながら、内心マゾマンコをキュンキュンさせつつ、ゆっくりとみなさまと向き合いました。

 6つの瞳から放たれた視線が値踏みでもするように、一斉に私ののっぺらおっぱいに群がるのがわかりました。
 私がブラウスを着るあいだ中、どなたも何もおっしゃいませんでした。
 ただただ視線たちが名残惜しそうに、私の全身を縦横無尽に這い回るのだけを感じていました。
 ボタンを留め終えると、肩の荷を降ろしたような、ホッと一息ついた雰囲気が一同に広がりました。

「いけない。もうこんな時間になっちゃった。急いでアトリエ行かなきゃ」
 リンコさまがあわててオフィスを飛び出して行きました。
「直子は、やっぱり総受けだね」
 ミサさまは、謎の科白を残してデザインルームへ。

 ほのかさまとは、しばらくふたりでバレエのお話をしました。
 ほのかさま、ずいぶんご興味をお持ちになったみたい。
「直子さん、さっきヴァリエーションっておっしゃっていたけれど、あれは、ひとつの曲でいろいろ踊り方がある、っていう意味?」
「いえ。ヴァリエーションていうのは、バレエ用語で、ソロの踊りっていう意味で・・・」
 これから少しづつ、初歩的なステップから、ほのかさまにお教えすることになりました。

 結局、最後までどなたも、私の尖った乳首やショーツの濡れジミを話題にしたり、からかわれるかたはいませんでした。
 否が応にも目についたはずの、恥ずかし過ぎる性的反応。
 私のマゾ性が丸わかりだったはずなのに。
 みなさま大人なんだなー。
 安堵した反面、残念に思う気持ちも少なからずありました。

 社長室にひとり戻り、暗くなったガラス窓に自分の姿を映してみました。
 首に赤いチョーカー、ブラウスの下は乳首こそ隠しているもののノーブラ。
 ジーンズの下のショーツは、ヌルヌルに濡れそぼっているはず。
 朝オフィスに来たときには、予想だにしなかった私らしい姿に変わり果てていました。
 こんな姿で、オフィスにいることが不思議でした。

 つい数時間前からさっきまで、みなさまの前でご披露した恥辱的行為と、それをすることで味わった自分の昂ぶりを反芻すると、もういてもたってもいられなくなってきました。
 今日は早めに帰らせてもらおう。
 一刻も早くお家に帰って、思い切りオナニーしたくて仕方ありませんでした。

 その日の夜、ひとしきり自分を慰めた後、どうしても我慢出来ずにチーフ、いえ、お姉さまにお電話をして、出来事をすべて包み隠さずご報告しました。
 不意の男性お客さま襲来から、突然のフィッティングモデル抜擢、羞恥のノーブラバレエご披露まで。
 もちろんクチュクチュクチュクチュ、マゾマンコをまだ弄りながら。
 お姉さまは神戸のホテルでリラックスされていたようで、興味津々なご様子で一部始終を聞いてくださいました。

「へー。そんなことがあったんだ。あたしもその場にいたかったなー」
「スタンディングキャットの彼らは、ユニークな連中よ。何も怖がる必要はないわ」
「そう言えば、あたしの前でちゃんと直子がバレエを踊ったことって、なかったわよね?今度見せてもらおうっと。うんと恥ずかしい衣装みつけなくちゃ」
「アヤたちは絶対、直子がサカっているの、気がついていたはず。でも気づかないフリをしたの。オトナの嗜みとしての、見なかったフリね」

 神聖なオフィスでそんなにいやらしく発情して、って叱られるかも、とも思っていたのですが、お姉さまは愉快そうにクスクス笑いながら会話してくださいました。

 中でも一番ウケたのは、部長さまがチョーカーをくださったことと、私のブラジャーを持って帰ってしまったことでした。
「つまり直子は、ノーブラにニプレスで、首輪着けたまま池袋の夜道をひとりで歩いて帰ったのね?濡れすぎちゃって困ったんじゃない?」
 からかうようにおっしゃって、お電話の向こうで愉しげに笑っています。
「そろそろうちのスタッフにも、直子のドマゾバレが時間の問題みたいね。それから直子とみんなの関係がどうなっちゃうのか、とても愉しみだわ」

 そこで少し沈黙があってから、そうだ!というお姉さまの弾んだお声が聞こえてきました。
「アヤがチョーカー似合うって言ったのなら、直子がオフィスに着けて来るのも問題無いのよね?」
「そうだと思います」
「この前、直子、出来ることならずっと首輪を着けて過ごしたい、って言っていたじゃない?それが叶うわけよね?」
「えっと、そう・・・ですか?」
「さすがに犬の首輪という訳にはいかないから、あたしが、直子にピッタリなアクセっぽいチョーカーを探してプレゼントしてあげる。つまりそれが、直子からあたしへの、マゾドレイ服従の証としての首輪となるの」

「直子がそれを着けていたら、私はムラムラ期です、発情しています。っていうサインなワケ。あたしも、虐めて欲しいんだな、ってすぐわかるし。いいアイデアだと思わない?ふたりだけの秘密のサイン」
「えっと・・・」
「決まりね。このへんいい宝石商多いし、明日真剣に探してみるわ」
 ノリノリなお姉さまがどんどん決めてしまいました。

「それまでは、そのアヤがくれたチョーカーをずっと着けていなさい。どうせあたしに会うまでムラムラは鎮まらないのでしょう?」
「はい・・・」
「あたしは明後日戻るから、それまでの辛抱よ。今週末は休めそうだから、たっぷり虐めてあげる」

 お姉さまとの長電話が途切れても私の指は、執拗にマゾマンコを責め立てていました。
 お姉さまと、ふたりだけの秘密のサイン。
 その甘美な響きに、私のからだは何度も何度も、グングン高まっていきました。
 頭の中では、そんな私の淫らではしたない姿を取り囲んで、早乙女部長さま、ほのかさま、リンコさま、ミサさまが、蔑むような冷やかなまなざしで、じっと私を見下していました。


オートクチュールのはずなのに 33

2016年1月3日

オートクチュールのはずなのに 31

 戸惑っている私を察してくださったのか、早乙女部長さまがフッと微笑み、表情を柔らげて説明してくださいました。

「森下さんはうちに来てまだ間もないから、恥ずかしがるのもわかるわ。突然、スタッフみんなの前でブラを取れと言われてもね」
「でも、これはわたくしたちの大切な仕事なの。クライアントに頼まれて、その要求がエロティックさの追求であれば、それに応えなければならないのよ。スタッフみんなで協力して、いろいろアイデア出し合って」

「今まで見てきたところでは、森下さんて、とても恥ずかしがり屋さんのようね?でも、自信持っていいのよ。あなたのからだは、とても奇麗だわ」
「バレエやっていただけあって、柔軟でリズム感もいい。わたくしの要求に応えられる素養がある。アパレル開発のフィッティングモデルにうってつけなの」
「だから、協力して、ね?」
 私の目をじっと見つめながら、諭すように丁寧におっしゃってくださいました。

 お役御免となって見物側にまわったほのかさまを含め、八つの瞳が私の顔をじっと見つめていました。
 どなたのまなざしも真剣そのもので、お仕事に集中されているときにお見せになるお顔でした。

 そうでした。
 これは大事なお仕事なのです。
 みなさま、より良いものを造ろうと知恵を出し合っている現場なのです。
 それなのに私だけ、えっちな妄想ばかり先走ってしまって・・・
 性的な意味のほうでは無く、自分を恥ずかしく思いました。
 
「わかりました。やります」
 私もちゃんとお仕事に徹して、少しでもみなさまのお役に立たなければ。
 そんな決意を込めてうなずき、あらためてインナーのジッパーに手をかけました。

「恥ずかしいのなら、わたくしたちに背中を向けて着替えていいわよ」
 部長さまからのおやさしいお言葉。
「あ、はい」
 お言葉に甘えてみなさまに背を向けると、目の前に広がる青い空。
 そう、ここは窓際でした。

 だけど、見えるのは空だけの超高層ビルの窓。
 地上までだって二百メートルくらいあるのですから、覗かれる心配なんていりません。
 思い切ってジッパーを一気に下ろし、インナーの前を開きました。

「ホック、外してあげる」
 背中に回そうとした腕を遮るようにリンコさまが近づいてきて、コソッと外してくださいました。
「あ、ありがとうございます」
 
 インナーを脱ぎ去り、ブラのストラップを肩から外します。
 リンコさまが背後で待機してくださっているのがわかります。
 ヘンにおっぱいを隠したりせず、出来るだけ自然に、堂々と。

 上半身、裸になりました。
 脱いだ衣服はリンコさまが受け取ってくださり、代わりに着替えるべきインナーを無言で手渡して、退かれました。
 
 手渡されたインナーを広げながら、まっすぐ窓を向き、気持ちを落ち着かせるために深呼吸をひとつ。
 さっきより陽が傾いて少しだけ翳り始めた青い空が、曇りひとつ無く磨かれた素通しガラスの向こうに広がっていました。

 窓の外、辛うじて視界に入る低いところを、一羽のカラスさんがスーッと横切って行きました。
 私、今、お外に向けておっぱいを丸出しにしているんだ・・・
 ついさっきの、お仕事に徹する、という決意はどこへやら。
 すぐにいやらしい妄想が頭をもたげてしまう、どうしようもない私。

 それと同時に気づいてしまいました。
 ピカピカのガラス窓に薄っすらですがハッキリと、私の姿が映りこんでいることを。

 首には、マゾの首輪と見紛うような赤いチョーカー。
 一糸纏わずさらけ出したおっぱいの先端はふたつとも、誰かに摘んで欲しくてたまらない、といった様子で尖りきっています。
 おへそからなだらかに下降する下腹部を、申し訳程度に覆い隠す幅の狭いスカート。
 その裾ギリギリにチラリと姿を見せている、黒い濡れジミの逆三角形。
 なんてはしたない、恥ずかしい姿。
 そして、私の後方1メートルくらいのところにズラリと並び、私をじーっと見つめているみなさまの目、目、目。

 その視線は、私の背中を通り越してガラスに映った私のおっぱいに集中しているように感じました。
 見られてる、視られちゃってる・・・
 こんな恥ずかしい状況で、露骨に反応してしまっている私のふしだらな乳首。
 ついにチーフ以外の会社のみなさまにも、私のいやらしい性癖をご披露してしまった・・・
 ドキドキが高鳴り、全身がキュンキュンざわめき始めました。

 ううん、いけない、いけない。
 このままマゾの血が騒ぐに任せてえっちな妄想に囚われていたら、またみなさまにご迷惑をかけてしまう。
 これはお仕事、これはお仕事なのだから・・・
 自分にそう言い聞かせながら、急いで着替えのインナーに腕を通しました。

「着終えたようね。こっち向いて、またわたくしたちのリクエストに応えてちょうだい」
 ジジーッというジッパーを上げ終わる音が合図だったようで、部長さまからお声がかかりました。
「はいっ」
 これはお仕事、これはお仕事と、呪文のように頭の中でくりかえしつつ、みなさまの前に向き直りました、

「今度のは、あまりピチピチではないでしょう?」
「はい。ウエストにも余裕があって、これならせり上がることはないと思います」
 そうお答えはしたものの、実際は問題大有りでした。

 さっきまでのインナーよりルーズフィットになった分、胸元も腋も浮きやすくなってしまい、少し前屈みになると胸ぐりからバスト全体が覗けそうなほど。
 たぶん腋からも。
 バスト周りも数ミリの余裕があるので、ノーブラになった分動くたびに裏地に乳首の先が直に擦れて、ますます尖ってしまいそう。
 薄い生地ですからもちろん、まっすぐ立っているだけでもバストトップの位置が丸わかりなくらいに布を浮かしていました。
 これでさっきみたいに飛んだり跳ねたりしたら・・・
 淫らな妄想に嵌まり込みそうになっているところを、部長さまのお声が遮りました。

「それではまず、さっきみたいにジャンプしてみて。いくわよ?はい、ワンツーワンツー」
 パンッパンッ!パンッパンッ!
 真剣なまなざしで両手を打ち始める部長さま。
「あ、はい」

 拍手を聞いた途端、条件反射のように跳ね始める私。
 さっきみたい、ということは、腕の動きも付け加えなくちゃ。
 両腕を水平から頭上へ、ワンツーのツーのところでパンッと両手を打ち鳴らします。

「ジャンプしながら90度くらいづつその場で回転してみてくれる?360度見たいから」
「は、はい」
 ぴょんと飛び跳ねたらからだをひねり、着地するときはみなさまに対して右向きになるように、次は背中、次は左向きとグルグル回りながら跳ねつづけます。
 ジャンプし始めてすぐに、さっき考えかけた妄想が現実になったことを知りました。

 ブラジャーの支えを失った乳房が、ジャンプするたびにインナーの中で自由奔放に暴れまわります。
 尖った乳首が裏地に擦れまくり、そのたびにピリピリと全身に心地良い刺激が走り、どうにかなちゃいそう。
 両腕を挙げると胸ぐりはがら空きで、今にもおっぱい全体がこぼれ出そう。
 肩紐は落ちそうになり、腋も全開。
 腋の空間から乳首まで、丸ごと見えてしまっているかも。
 もちろん超ミニスカートは、黒ジミショーツを隠す暇もなくひるがえりっ放しでした。

 部長さまは手を叩きながら私の全身にくまなく視線を走らせ、時折傍らのリンコさまに何かコショコショ耳打ちされています。
 逐一それをメモするリンコさま。
 ほのかさまとミサさまは、微動だにせず視線だけが上下していました。

「はい、そのくらいでいいわ。ありがとう」
 二分くらい連続でジャンプさせられ、ようやくお赦しが出ました。
 ハア、ハア、ハア・・・
 私の頬が火照り、息が上がり気味なのは、急に運動させられたせいだけではありませんでした。
 みなさまに、こんな裸に近い姿をずーっと見つめられつづけていることに、私のからだが私の意志とは関係なく大興奮していました。

「こちらのほうが、何て言うか、ダイナミックな感じがしない?布地の動き、とくにシワが動くことで柄も躍動して」
 部長さまが誰に尋ねるというわけでもなく、おっしゃいました。
「そうですね。ピッタリめだとからだのラインは奇麗に出るけれど、小じんまりしちゃうかもしれませんね」
 リンコさまのお答え。
「だけど、こっちの場合、胸元とサイドは再考の余地有りです。無防備に過ぎる、と言うか」
 そんなことをおっしゃるということは、やっぱり乳首まで見えてしまっていたのでしょうか。

「森下さんは、実際に着ていて、何か気がついた点、ある?」
 部長さまからの突然のご指名。
「あ、はい。気がついた点、ですか?あの、えっと・・・」
「遠慮しないで。率直な意見を聞きたいの」
 語気鋭い部長さまの、真剣そのものなお顔。
「は、はい・・・」
 その迫力に気圧されて、思ったことを素直に告げることにしました。

「えっと、ノーブラになって、激しくからだを動かすとですね、あの、ちく、あ、いえ、バストトップがお洋服の裏地に擦れて、な、何て言うか、気まずいって言うか、落ち着かないと言うか・・・」
「ああ。なるほどね」
「あ、その点は、当然ニップルパッドを着けることになるので、本番では問題ないかと」
 リンコさまがすかさず解決策を示されました。
「そう。でもかなり激しく動き回ることになるから、強力な接着力が必要になるわね。剥がれ落ちないように」
「はい。いっそ医療用のバンソーコーのほうがいいかもしれませんね」

「その他には?」
 部長さまが私に向き直りました。
「あとは、とくに、別に・・・」
「そう。では、森下さん的には、今のとさっきの、どちらがいいと思う?」
「私的には・・・うーん、こちらでしょうか。踊っていて裾がせり上がってしまうのは、やっぱり落ち着かないです」
「そっか。なるほどね。ありがとう。参考にさせていただくわ」
 そうおっしゃってから、少し考え込むような仕草をなさった部長さまが、思い切るようにお顔を上げ、まっすぐ私を見つめてきました。

「ねえ、森下さん?あなた、何かアイドルの曲で振付けまで憶えているような曲、ある?」
 突然のお尋ねに面食らう私。
「アイドル、ですか?・・・私、そういうの、ぜんぜん疎くて・・・」
 パッと思い浮かんだのはスパイスガールズでしたが、ダンスを全部憶えているワケではないし。
 日本のアイドルさんの曲は、まったくと言っていいほど知らないし。

「それならバレエでもいいわ。長くやっていらしたのでしょ?」
「はい。バレエであればいくつかは・・・でも、音楽がないと・・・」
「あら、わたくしのクラシックライブラリーは凄いのよ。プレイヤーにデーターにして詰め込んでいるのだけれど、CDで言えば優に1000枚は超えているはず」
 オフィスに絶えず低く流れているクラシック曲は、早乙女部長さまのライブラリーだったんだ。

「でもバレエ音楽は、あまりなかったかな・・・あ、そうそう。チャイコフスキー。チャイコなら定番よね?」
 クラシック音楽の話題になって、いつになくウキウキした感じの部長さまが新鮮です。
「白鳥の湖と眠れる森の美女、くるみ割り人形。この3つなら何種類かづつ入ってるはずよ」

「白鳥の湖なら、オディールのヴァリエーションはずいぶん練習したので、今でも憶えているとは思いますが・・・」
「よかった。それは何ていう曲で踊るの?」
「あの、えっと、第三幕のパ・ド・シスの・・・あの、今、ここで踊るのですか?」
 ご自分のデスクの上に置いてある音楽プレイヤーらしきものを操作し始めた部長さまに向けて、戸惑いながら問いかけました。

「お願いしたいのよ。さっきみたいにぴょんぴょん跳ねるだけではなくて、実際に曲に乗ってダンスしているところを見ることで、何かインスピレーションが湧いてくるかも、って思ったの」
「せっかく踊れる人材がいるのだもの、使わない手はないな、って」
 最後の部分だけ、お仕事の鬼な部長さまらしい言い回しでした。
「はあ・・・」

「やっぱりトゥシューズ履かないと難しい?」
 私があまり乗り気でないのがわかったのか、少ししょんぼりした感じの部長さまらしくないお声が聞こえて、胸がズキンと痛みました。

「いえ、そんなことはありません。裸足になれば何とかなるとは思いますが。でもちゃんと出来るかどうかは・・・」
 部長さまをがっかりさせたくなくて、期待させてしまうようなことを返してしまう私。
「出来なんて気にしなくていいわ。バレエ音楽はあまり詳しくはないけれど、見るのは好きなの。こんなに間近で見れるなんて嬉しい」
 部長さまをすっかりその気にさせてしまったようでした。

「それで、何ていう曲をかければいいの?」
「あ、えっと確か第三幕の第19曲目。パ・ド・シスのf、ヴァリシオン5という曲です」
「なんだか呪文みたいな曲名」
 ミサさまが独り言のようにポツンとつぶやかれました。
「この曲かな」

 麗しいハープの調べがボリュームの上がったスピーカーから流れてきました。
 つづいて始まる、どことなくオリエンタルで軽快なメロディ。
 懐かしさと共に、その振付けをはっきり思い出しました。
 やよい先生のご指導の下、ひとつひとつ身につけていったアラベスク、フェッテ、ピルエット・・・
 覚えるたびにうれしくなって夢中で練習した日々。

「ずいぶん短かい曲なのね」
 しばしノスタルジーに浸っていた私を、部長さまのお声が現実に引き戻しました。
「でも耳に残る面白い曲。この曲にどんなダンスが乗るのかしら?ここはどういう場面なの?」
「あ、はい。オディールっていうのは悪魔の娘の化身の黒鳥で、物語のヒロインである白鳥の女王オデットとそっくりさんなんです。それで、そのオディールが主人公を騙して誘惑するという場面です」

「誘惑の場面ということは、バレエだとしても何かしらセクシーな感じになったりするのかしら。ますます楽しみだわ」
 セクシー・・・
 部長さまの弾んだお言葉に、私もハッと思い出しました。
 バレエのお話と思い出に夢中になっていて、すっかり忘れていました。
 今の自分の服装のことを。

 この曲の振付けは、かなり大きな動きがいろいろ出てきます。
 クルクル回るフェッテやピルエットでは、短すぎるスカートがひるがえりショーツが丸出しになるでしょう。
 脚を大きく振り上げれば、ショーツの両腿の付け根まで丸見え。
 腕は常に鳥のように羽ばたいていますから、腋もがら空き。
 最後のほうでは、両脚を前後に広げて跳ぶグラン・パ・ドゥ・シャもあったはず。
 すべてやったら、おそらくショーツは股深く食い込み、肩紐はずれて、胸元ははだけて・・・
 踊り終えた後、私はどんな姿になっているのでしょうか。

 唐突に、ずいぶん昔、バレエレッスンのときに試してみた、ある冒険のことを思い出していました。
 
 あれはまだ高校生の頃。
 自分のヘンタイ性癖には気づいていたけれど、それにどう対処すればいいのかわからなかった臆病者の私が好奇心を抑えきれず、公然露出の心境を味わってみたいと精一杯勇気を出して挑戦したプチヘンタイ行為。
 その頃憧れていたバレエ講師のやよい先生の気を惹きたい、という気持ちもあったと思います。
 いつものバレエレッスンのとき、インナーショーツとタイツをわざと忘れて、素肌に直にレオタードだけ着てレッスンルームに出たのでした。

 ルームには他の生徒さんたち、学校の親友さえもいるのに、股間を濡らして、布をスジに食い込ませて、その姿を鏡に映して。
 あのときはまだ、薄めだけれど毛も生えていたっけ。
 
 タイツを忘れてきた私への罰、それはスジを食い込ませた恥ずかしい私の姿をみなさまに晒すこと・・・
 視ないで・・・でも視て・・・
 鏡の前で課題のパをひとり黙々と練習しながら、そんな行為に人知れず、まだ幼いマゾマンコを疼かせていた私。

 あのとき何食わぬお顔で話しかけてきたやよい先生。
 後にやよい先生と初めてSMプレイをしたときに、気づいていたことを知らされたけれど、そのときはバレていないと信じ込み、鏡に映った自分のいやらしい姿に心臓がバクバク波打っていました
 
 あのとき感じた、ほろ苦い中にもちょっぴり甘酸っぱい自虐の快感。
 スリル、羞恥、恥辱、背徳・・・
 それらが鮮やかによみがえってきました。
 
 あの感覚を、もう一度味わいたい。

「森下さん、準備はいい?曲、流すわよ?」
 部長さまからお声がかかり、我に返りました。
「あ、はいっ」

 みなさまの前で精一杯踊ろう。
 服装がどうなろうとなりふり構わず、私のすべてを視ていただこう。
 だって私は視て欲しくて、それがお仕事のためにもなるのだから。
 
 バレエ教室での最初の発表会のとき、確か中二だったかな、みたいにドキドキしていました。
 ひとつ深呼吸をしてから目をつぶり、最初の音を聞き逃さないように耳を澄ませました。


オートクチュールのはずなのに 32