2011年7月2日

しーちゃんのこと 16

「それじゃあなおちゃん、ちょこっとこっち来て?」
お話が一段落して訪れた束の間の沈黙を待っていたように、しーちゃんがスッと席を立ち、私の肩に背後から手を置きました。
私も立ち上がります。
しーちゃんは、展示物が飾ってあるお部屋の壁際奥のほうに私を連れていきました。
「ほら、これ」
そこには、正面を向いた人物の油彩の肖像画が飾られていました。
A3を縦にしたくらいの大きさで、濃いエンジ色をバックにこちらを見て薄っすらとやさしく微笑んでいる、写実的タッチな女性の顔。
それは、紛れもなく日頃鏡で見慣れている私の顔でした。

「どう?」
「えっと・・・これ、しーちゃんが描いてくれたの?スゴイッ!綺麗!上手っ!天才っ!」
食い入るようにその絵を見ながら私は、どんどん高揚してきていました。
絵の中の私は、鮮やかな深碧の瞳を緩やかにたわませて、何とも言えない慈悲深い笑みをたたえています。
濃いエンジ色をバックに、首筋から肩の少し下までの透き通るような肌色と、鎖骨の陰影がすっごくセクシー。
どう見ても、実際の私より数段綺麗でオトナっぽい、私が、そうありたいな、って思い描いている理想に限りなく近い笑顔でした。
絵画のタイトルは、ガールフレンド、と名づけられていました。

「文化祭の展示、何にしよっかなー、って迷ってたときに、ふと思いついたのネ。文化祭終わったら、もうすぐなおちゃんのお誕生日だナー、って」
「なおちゃんを描いて、それをプレゼントにしちゃうのも手かナー、って思って」
「8号ていう大きさは、風景画では慣れてたけど、人物描いたのは初めてでちょっと戸惑ったけど、写真見ながらがんばったヨ」
「それじゃあ、これ・・・?」
「うん。お誕生日にこの額ごとなおちゃんにプレゼント!」
「ありがとうっ!すっごく嬉しい!一生の宝物にするっ!」
私は、心の底から感動して、しーちゃんの両手を私の両手で包み込むように取り、ギューッと私の胸に押し付けました。

「いやいや、こうして実物のかたとご一緒すると、しのぶさんの技術の巧みさがよくわかりますなあ」
「いえいえ、実際のモリシタさまのほうが、もっともっとお美しくあらせられましてよ?」
いつの間にかトリゴエさんやオガワさんたちに囲まれていて、みんながワイワイ囃したててきました。

その後、美術部のみなさんと一緒に展示物を一通り見て回りました。
トリゴエさんが描かれた淡い色彩が上品な水彩の大きな風景画、オガワさん作のカラフルでキッチュなポップアート、ニノミヤさんの大胆な色彩で鮮烈に描かれたアクリル画らしい静物画。
その他の方々の作品も、私なんかから見るとみんな、すっごく上手い、って驚嘆するしかないものばかりでした。
でも、私にとってのナンバーワンは、言うまでもなくしーちゃんの作品なんですけど。

美術室にずいぶん長居してしまい、そろそろ図書室に戻らなければいけない時刻になっていました。
「それじゃあ私、そろそろ・・・」
言いかけたとき、オガワさんが私の顔を見てニッと笑って、
「ねえ、お姉さまがた?モリシタさんとお近づきのシルシに、最後にあの作品、ご覧いただくっていうのはどうかしら?」
貴族ごっこがつづいているのかいないのか、中途ハンパな口調にイタズラっ子なお顔で言いました。
「どう?クリス」
トリゴエさんがニノミヤさんに聞くと、ニノミヤさんのお顔が薄っすらと紅潮してうつむきます。
「モリシタさまに、見ていただくかい?」
ニノミヤさんは、うつむいていた顎を少し上げ、上目遣いに私の顔をじっと見つめてから小さく微笑み、完全にお顔を上げてトリゴエさんを見つめました。
「よくってよ。お姉さま」

私たちは、ゾロゾロとさっき見たニノミヤさんの絵のところまで戻りました。
ニノミヤさんの絵は、お部屋の入口から一番奥まった壁際に飾ってありました。
美術室は現在、少しだけお客様の来訪が途絶えて、テーブルに2組、5名のお客様がお茶を楽しんでいらっしゃるだけでした。
モーツァルトのオーボエ協奏曲が軽やかに流れています。

私としーちゃん、トリゴエさん、オガワさん、ニノミヤさんの他に、ベルバラ衣装の三年生、オチアイさんと、フレンチメイドな二年生のムラカミさんもついてきました。
7人でニノミヤさんの絵を取り囲むように立つと、背の高いトリゴエさんが自身の背後に垂れ下がっていたエンジ色の布を、カーテンを引くようにスルスルっと横に滑らせました。
エンジ色の布が私たちの背後を覆うように広がって、その絵の周辺の空間だけが美術室から一層薄暗く遮断されました。
ムラカミさんが、絵の下に置いてある照明のスイッチをひねると、絵の周辺だけがまばゆい白色ライトで一段と浮かび上がりました。

ニノミヤさんの絵は、乱暴に二つに割られて乱雑な断面を見せている真っ赤なスイカの横に、これまたパックリ割れてツヤツヤした赤いルビーのような中身を見せているザクロの実が二つ、漆黒をバックに写実的かつ大胆な色遣いで描かれた静物画でした。
新聞紙を半分にしたくらいの大きさの横向きの構図で、スイカとザクロの中身の鮮烈な赤と、スイカの皮やザクロの葉の緑とのコントラストが印象的な作品。
タイトルは、夏の円熟。
見方によっては、なんだかエロチックな感じもしてきます。

この絵は確かにスゴイと思うけれど・・・
真意が掴めず私が戸惑っていると、ニノミヤさん自らその絵を額ごと壁からはずし、クルッとひっくり返して再び壁にかけました。
「どうぞ・・・見て・・・ください・・・」
消え入るような、恥ずかしげなニノミヤさんのお声がしました。
誘われるように視線を壁に戻すと、そこには・・・

裸のマヤ・・・
一糸纏わぬ裸で横向きにソファーに寝そべる美しい女性の姿が、写真と見紛うような精巧な筆致で描かれていました。
ふんわりとした髪、瑞々しい肌の艶、まろやかな曲線を描く乳房、両内腿の間の翳り、少しだけ膝を立て気味のしなやかな右脚のライン・・・
すべてが生々しく息づいていて、溢れるばかりの迫力です。
それに、このソファーが置かれている場所は、どう見てもこの美術室。
特徴のある壁の木目まで鮮やかに再現されていました。
これは、コンピューターグラフィック?

「その絵のモデルが誰か、モリシタさん、おわかりになるわよね?」
オガワさんに聞かれて、私は黙って、ニノミヤさんのお顔を見ます。
ニノミヤさんは、薄闇の中でもお顔が真っ赤に火照ってらっしゃるのがわかります。
それでも私は不躾に、絵を見てはニノミヤさんを見て、絵を見てはニノミヤさんを見てをくりかえしてしまいます。
絵のタイトルは、紅百合の后、でした。

「クリスの裸は、本当にキレイなんだ。だからワタクシたちの創作意欲が抑えきれなくなってしまってね。頼み込んでモデルをしてもらったの」
オチアイさんが説明してくれます。
「この絵は、ワタクシたち6人の合作なの。下絵はしのぶさんが描いたのを採用して、それをパソコンに取り込んで彩色はクリスも含む全員」
「いろんなCGの技法が盛り込まれているのよ」
「このおっぱいの感じが難しかったのよねー。クリスから、私の乳首、こんなに黒ずんでいない、とかNG出されて」
「下の毛も揉めたわねー。もうちょっと濃く、いいえもっと薄く、なんて」
オガワさんとムラカミさんが楽しそうに言い合ってます。
「だからおヘソの下周辺は、ワタシが責任を持って担当したんだヨ」
しーちゃんがこれまた嬉しそうに教えてくれました。

「クリスはね、普通絶対裸にならないようなところでこっそり恥ずかしい格好をしたり、誰かに自分の裸を見てもらったりすることが好きな、ちょっと変わった子なのね。今だってこの子、モリシタさんにこの絵を見てもらって、嬉しくってしょうがないんだから」
トリゴエさんが、ニノミヤさんの肩に手を置いて、からかうみたいにモミモミしています。
「クリスったら、この文化祭中もはりきって、ずっとレースクイーン的なハイレグのえっちぽいレオタード着ているのだけれど、過度に肌を露出するような衣装は学校から厳重に禁じられてるから、仕方なくワイシャツを羽織っているの」
オガワさんがヒソヒソ声でつづけます。
「昨日はそれでも、ワイシャツ脱いで記念撮影とかできたんだけどね。今日は、風紀の先生が見回りにくるっていうウワサもあるから、とりあえず一人ワイシャツ祭りの人になってるクリスちゃん。これもこれで相当色っぽいけどね」

「そうだ。今ここでならワイシャツ脱げるじゃん?カーテンで仕切ったから向こう側からは見えないし。モリシタさんにも見せてあげなよー。セクシーなレースクイーン姿」
ムラカミさんが、イイことを思いついた、って調子ではしゃぎ気味に言いました。
私はまだ、絵と実際のニノミヤさんを飽きることなく見比べていました。
ずいぶんと無遠慮な視線だったと思います。
ニノミヤさんは、チラッとしーちゃんのほうに視線を向けます。
しーちゃんがかすかにうなずくように首を動かした気がして、ニノミヤさんが上から、ボタンを一つ一つ、ゆっくりはずし始めました。

こんなふうに、精緻に描かれた自分の裸の絵を前にして、実際の自分と見比べられるのって、どんな気持ちなんだろう?
おっぱいも、乳首も、アソコの毛も、精密なタッチで再現された自分の裸が描かれた絵の前で、シャツのボタンを一つづつはずしていくニノミヤさん・・・
その姿を見ていたら、ニノミヤさんをうらやましいと感じている自分の気持ちが隠せなくなってしまい、ニノミヤさんが感じているであろう、その恥ずかしさに私も共鳴して、そのあまりの恥ずかしさにいたたまれなくなってきてしまいました。
心臓がドキドキドキドキ高鳴って、甘美な性的高揚感をからだの奥に感じていました。

シャツを両袖から抜いたニノミヤさんは、バストの谷間も露な深い襟ぐりの濃いグリーンのレオタード姿になりました。
プロポーションは絵のまんま。
ほどよく豊かなバスト、キュッとくびれたウエスト、ゆるやかに張ったヒップ、深いハイレグの切れ込み、スラっと伸びた生脚。
背筋をピンと伸ばして私の目の前に立ったその姿から、もっと見て、よーく見て、という声と、いやっ、恥ずかしい、見ないで、っていう声が、同時に聞こえてくるようです。
私は、まじまじとニノミヤさんのしなやかな肢体を上から下まで、舐めるように見つめていました。
そして、気づいてしまいました。

「あーっ!先生。見回りご苦労様でっすー!」
ドアが開いた音と同時に、なんだかわざとらしいような誰かの大声がカーテンの向こうから聞こえてきて、カーテンの内側はちょっとしたパニックになりました。
オガワさんがニノミヤさんの絵をクルッとひっくり返して元通りの静物画に戻し、ニノミヤさんはあわててワイシャツに袖を通してボタンを嵌め始めています。
オチアイさんとムラカミさんが、スススッとカーテンの陰から出て行き、
「先生、おかげさまで大盛況ですよー。ポストカードもたっくさん売れました。さ、こっちでお茶でもどうです?」
なんて、愛想のいい声を出しています。
その調子のいい声を聞いて、私としーちゃんは顔を見合わせ、プッと吹き出してしまいました。

ニノミヤさんの身繕いも素早く終わり、オガワさんがさりげなくカーテン代わりの布を元に戻し、私としーちゃんはニノミヤさんの絵に見入っていたフリを少しした後、さりげなく振り向きました。
いつの間にか来訪のお客様がまた増えていて、テーブルはほぼ満卓、入口の近くのテーブルでは、オチアイさんとムラカミさんが見回りの先生らしい初老の女性のかたをもてなしています。
「おおっ、カゲヤマうじ。お見えになっていたのか。水くさいでござるよ」
トリゴエさんもお知り合いをみつけたのか、男装の麗人貴族に戻って、お芝居口調の大声を出しながらそちらに駆け寄っていきました。
でも、その口調、貴族じゃなくて武士・・・

「すっごく楽しかったです」
しーちゃんとワイシャツ姿に戻ったニノミヤさんが廊下まで見送ってくれました。
「しーちゃんの絵、すっごく嬉しかった。ありがとう」
「ニノミヤさんの絵も本当にステキでした。とくに裏側は、なんて言うか、本当に美しかったです。うらやましいです」
「わあ。ありがとう」
ニノミヤさんが蕩けそうな笑顔で私に握手してくれます。
「それじゃあしーちゃん、また後でね。5時くらいに講堂行って、演劇と友田さんのバンド、一緒に観よう」
「うん。また後でネー」

しーちゃんが明るく手を振ってくれて、私は図書室に急ぎました。
廊下を早足で歩いている間中、ずっと同じことばかりを考えていました。

ニノミヤさん、レオタの下、ノーブラだった・・・
ニノミヤさん、乳首、勃っていた・・・
ニノミヤさん、ハイレグの股布、濡れて色が変わってた・・・
ニノミヤさん、私に見られて、感じてた・・・


しーちゃんのこと 17

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