2013年5月11日

独り暮らしと私 07


 チョーカーをケースからおずおずとはずします。
 意外に重い。
 金具の装飾がたくさん付いているから、そのせいでしょうか?
 腕時計より幾分重たい感じ。
 ビーズとパール周辺の細工模様がすごく細かくて刻んであって、確かに高級品ぽい。

「あっ、ベルトみたく巻きつけるんじゃないんだ」
 ケースの台に隠れていて見えなかったのですが、着脱の方法はネックレスのように背中側の金属製の留め具でした。
 デザインがベルト風で長さ調節の穴まで空いていたので、てっきり首に巻きつける方式と思い込んでいました。
 留め具をはずして、肩にかかる髪を軽く払ってから、恐る恐るチョーカーを首にあてがいました。

「やってあげる」
 シーナさまが席を立ち、私の隣の席に移動してきました。
 二人並んで座る格好。
「背中を向けて」

 座ったまま上半身だけをひねって言われた通りにすると、窓の外に顔を向けることになります。
 窓の外はデパートのグルメフロア通路。
 まばらですが、お買い物やお食事を楽しむ人たちが行き来しています。
 ガラスにはうすーく、首に何かを巻かれている私の姿も映っています。
 私は、目を伏せては上目で通路をチラッと見て、をくりかえして落ち着きません。
 いまのところ私に目を留める人はいないみたいだけれど・・・
 マゾの首輪を嵌められている私の姿。
 心臓のドキドキが止まりません。

「出来た。サイズもあつらえたみたいにピッタリね。こっち向いて」
「はい・・・」
 ゆっくりとシーナさまのほうへ向き直りました。

 目が合うと、シーナさまが瞬間、息を呑んだように見えました。
 それからしばらく、ふたりして無言で見つめ合っていました。

 首輪をされる、ということを想像していたときに予想したほど、きつくも苦しくも無かったのですが、やっぱり首周りに形容し難い奇妙な圧迫感を感じていました。
 マフラーやショールを巻いたときには感じたことの無い、異物感と言うか拘束感と言うか・・・

「あ、あの・・・どう、どうですか?似合ってますか?」
 シーナさまがずっと何もおっしゃらないので、沈黙に耐え切れなくなって私のほうから聞いてしまいました。
「あ、うん。どう、って言うか・・・」
 シーナさまは、私から目をそらして宙を見るようにしてから目を閉じ、返す言葉を探しているようでした。
 なんだか少し動揺されているみたい。

「どう、って言う次元じゃないわ。あなた、似合い過ぎよっ」
 小さく吐き捨てるように言って、再び私を見つめてくるシーナさまのお顔は、なぜだか怒っているみたい。
 私を睨みつけるようにまっすぐに見ながら言葉をつづけます。
「さっき、わたしのほうに振り向いたときの、あのうっとりした顔は何?もう、マゾ丸出しじゃない」
「なんでこんなもの着けただけで、そんなにいやらしくなっちゃうの?呆れちゃう」
 決して乱暴な調子ではなく、突き放すような冷ややかな口調。
 数週間前に、このお声にたくさん虐められました。
 この口調のときのシーナさまは、完全にSになっています。

「直子、今、濡らしてるでしょ?」
 イジワルく私の顔を覗き込んできます。
「あっ、え、は、はい・・・」
 さっきチョーカーを自分で首にあてた途端にキュンときて、シーナさまにうなじをさわられている間、ジワジワ溢れ出ていました。

「やっぱりね。わたしはまだまだ直子のこと、甘く見ていたみたいね」
「さっきあなたが振り向いたとき、わたし、この後の仕事キャンセルしようかって、一瞬本気で考えたもの」
「このまま直子をどっかのホテルに連れ込んで、思いっきり虐めて虐めて虐め抜きたいって」
「それくらいすごいドマゾオーラが出てた」

 思いもよらないシーナさまのお言葉にびっくりすると同時に、それを言葉責めと捉えて疼きだすからだ。
 ああんっ、たぶん私、今もどんどん、マゾオーラを出しちゃってる。

「だから、それはもうはずしなさい」
「えっ?」

「えっ、てさあ?そんなもの着けてマゾ全開の直子を一人で街に放り出せるわけないじゃない?」
「本当はこの後、ここでパンツでも脱がせて、首輪にノーパンでさよならまたねマゾっ娘なおちゃん、なんて別れようかと思ってたけど、そんなこと出来っこないわよ、今の直子見たら」
「今、直子の頭の中、いやらしいことで一杯でしょう?」
「それしている間中、気になって気になって、妄想しつづけちゃうに決まってるわ」
「それ着けたまま、そんなマゾオーラを街中に振りまきながら帰ってごらんなさい、ここは池袋だし、家に着くまでに何人のバカな男からちょっかい出されることか」
「それで直子の身に何かあったら、わたし、ゆりさまに顔向け出来なくなっちゃうわよ」

 もう一度背中を向けて、チョーカーをはずしてもらいます。

 窓ガラス越しの視界右端に、おかあさまらしい女性に手を引かれた幼稚園児くらいのフリフリドレスを着た可愛いらしい女の子が現われました。
 私が気づいたときには、その子はもう私を見ていました。
 珍しいものを見る興味津々のまなざしで、歩きながらずっと私の喉元を凝視していました。
 私の目の前を通り過ぎたときは、バッチリ目が合ったので、私がうつむいて目をそらしました。
 左端のほうへ消え去るときも、お顔だけこっちに向けてまだ見ていました。
 視界から消え去る寸前、こちらを指差して女性に何か言ったようでした。

 シーナさまがチョーカーを元通りケースに収め、パチンと金具を留めました。
「そろそろ時間だからわたしは行くけれど、直子はもう少しここにいて気持ちを落ち着けなさい」
「えっちなことを考えちゃだめよ、いい?」
「ここを出たらトイレに行って、アソコをビデで丁寧に洗って、お化粧を念入りに直してから帰りなさい。わかった?」
「・・・はい」

「それと、そのチョーカーは、わたしかゆりさまが一緒じゃないときは、絶対着けて外出しないこと。着けていいのは当分直子の家の中でだけ。いい?これも命令だからね」
「今晩電話するから」
 そう言って立ち上がり、私の頭を軽く撫ぜるとパッと伝票を取って、スタスタ歩いて行ってしまいました。

 シーナさまに言われた通りの手順をちゃんと踏んで、デパートを後にしました。
 音の出ていない携帯音楽プレイヤーのイヤホーンを両耳に突っ込んで、うつむいて足早に繁華街の雑踏を抜けました。

 お家について、すぐにでももう一度チョーカーを着けてみたかったのですが、着けたら最後、歯止めが効かなくなってしまうのがわかっていたのでグッとがまん。
 学校の課題やお夕食を手早く済ませ、あとはもう寝るだけとなった夜の7時過ぎ、さっきの服装のままリビングの鏡の前で着けてみました。
 チョーカーの留め具を喉のところで留めて、それからグルッと後ろに回しても大丈夫なくらいの余裕が、チョーカーと首の間にありました。

 着けた途端に私から発せられるというドマゾオーラ。
 自分で見てもよくわからないけれど、鏡の中の私はなんとなく普段より従順そうに見えなくもない、かな?
 でもそれって、首輪を着けたから囚われの人っぽくなったていう、イメージからくる連想ですよね。

 いずれにせよ着けた途端に、さっきのティーラウンジのときと同じように、私のからだが疼き始めたのは事実でした。
 このリングに乳首を挟んだりラビアを挟む鎖が付けられる、って言ってたっけ・・・

 その夜私は、久しぶりに自分のからだを本格的にロープでギッチリ縛っての、緊縛自虐オナニーに長時間耽りました。

 夜の9時過ぎに携帯電話が震えて、着信を見るとシーナさまでした。
 手錠で繋がれた不自由な両手でなんとか出ました。
 出先かららしく、電話の向こうに街のざわめきが聞こえました。
 何をしてるのかと聞かれたので、正直に、チョーカーを着けて緊縛オナニーをしています、と答えました。
「わたし、今夜からしばらく、そっちに帰れそうにないのよね」
 シーナさまが電話の向こうで、本当に悔しそうにおっしゃいました。

 それから数日後。

 夏休み前最後の登校日。
 学校帰りに、ゼミで仲の良いお友達ふたりと連れ立って池袋で映画を観ました。

 観終わって、イタリアンのお店でおしゃべりしていたら成り行きで、おふたりがこれから私のお部屋に来る、ということになってしまいました。
「いいじゃなーい、ここから近いんだしー」
「うわー。なおっちの私生活って、チョー興味あるぅ。楽しみぃー」
 さあ大変。

 シーナさまからチョーカーをいただいた日以来毎晩、そのチョーカーを着けての自分虐めに精を出していました。
 昨夜も、妄想の中のシーナさまにリビングでたくさん虐められてイキ疲れたように眠り、今朝は、シャワーなどをしていたら時間が無くなって、昨夜の後片付けをちゃんと出来ずに登校してしまったのでした。

「今すっごく散らかってて恥ずかしいから、ざっと片付けるまで悪いけれどちょっと待っててね」
 4階の我が家のドアの鍵を開けながら早口でそう言って、返事も待たずに自分だけササッとドアの内側に滑り込み、ガチャンとドアを閉じてカシャンと鍵をかけました。
 さあ、急げー。

 リビングの床に転がっていたのは、ローター数個、洗濯バサミたくさん、ロープ、ルレット、チョーカー、アイストング、電動ハブラシ、長い定規、バスタオル、etc、etc・・・

 5分間くらい家中をドタバタしてから、やっと玄関の鍵をカシャンとはずすと、
「ケーサツだ!動かないで!家宅捜索します」
 まだ私がドアを開かないうちに向こうからグイッと開かれ、学生証を高くかざしたお友達がお芝居声で言って、はしゃぎながらおふたりが玄関になだれ込んできました。

「ひゅーひゅーひゅー!なおっちもスミにおけないねえ」
「なあに?ゆうべ男でも来てたの?通い夫?」
「別に隠さなくてもいいのにぃ。あたしたちの仲じゃない」
 ニヤニヤ笑いで盛大に冷やかされます。

「ううん。そんなんじゃなくて、本当にすごく散らかってたから・・・」
「まあまあまあ。わたくしに任せれば、一発で犯人の嘘を暴いてやりますよ」
「へー、ここがなおっちの部屋かー。広いねー。セレブじゃん」
「うわーテレビでけー」
 異様にテンションの高いおふたり。
 リビングのあちこちを、もの珍しそうに見て回っています。
 しまい忘れたものがないか・・・私は気が気ではありません。

「ところで奥さん、洗面所に案内していただけますか?」
 さっきから刑事さん気取りのひとりが、またお芝居声で聞いてきました。
 洗面所にお連れすると、
「ふーむ。歯ブラシはピンクのが一本だけ。おお、カミソリが!ああでもこれは女性用ですな」

 それからキッチンの食器棚の中と冷蔵庫の中とランドリールームを見られました。
「おっかしーなー。男が出入りしてれば、このうちのどっかに痕跡があるはずなのになー」
「だから、散らかってただけなんだってー」
「まあ、いいや。今日のところは、そういうことにしておきましょう」
 刑事さんがあきらめてくれたみたいです。

 その後、デパ地下で買ってきたお惣菜やスイーツをつまみながらDVDを見たりゲームをしたり、ガールズトーク花盛り。
 本当はいけないことなのですが、来る途中にコンビニで買ってきた甘いカクテルで異常に盛り上がってしまい、最後はいつの間にかリビングのソファーで各自眠りこけていました。

 翌朝早くにおふたりが帰り、私はカクテルのせいか頭が痛くて、自分のベッドで本格的に就寝。
 起きたら夕方近くになっていました。

 まだ少しズキズキする頭で昨夜の宴の残骸を片付けていたら、その宴が始まる前にも、私一人で急いでリビングのお片付けをしたことを唐突に思い出しました。
 ただ、何をどこにどう隠したのか、まったく思い出せません。
 思い出そうとすると頭がズキズキ痛みます。

 その日はそんな調子なのであきらめてゆっくり休み、翌日朝から、本格的な捜索に取りかかりました。


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