2016年1月3日

オートクチュールのはずなのに 31

 戸惑っている私を察してくださったのか、早乙女部長さまがフッと微笑み、表情を柔らげて説明してくださいました。

「森下さんはうちに来てまだ間もないから、恥ずかしがるのもわかるわ。突然、スタッフみんなの前でブラを取れと言われてもね」
「でも、これはわたくしたちの大切な仕事なの。クライアントに頼まれて、その要求がエロティックさの追求であれば、それに応えなければならないのよ。スタッフみんなで協力して、いろいろアイデア出し合って」

「今まで見てきたところでは、森下さんて、とても恥ずかしがり屋さんのようね?でも、自信持っていいのよ。あなたのからだは、とても奇麗だわ」
「バレエやっていただけあって、柔軟でリズム感もいい。わたくしの要求に応えられる素養がある。アパレル開発のフィッティングモデルにうってつけなの」
「だから、協力して、ね?」
 私の目をじっと見つめながら、諭すように丁寧におっしゃってくださいました。

 お役御免となって見物側にまわったほのかさまを含め、八つの瞳が私の顔をじっと見つめていました。
 どなたのまなざしも真剣そのもので、お仕事に集中されているときにお見せになるお顔でした。

 そうでした。
 これは大事なお仕事なのです。
 みなさま、より良いものを造ろうと知恵を出し合っている現場なのです。
 それなのに私だけ、えっちな妄想ばかり先走ってしまって・・・
 性的な意味のほうでは無く、自分を恥ずかしく思いました。
 
「わかりました。やります」
 私もちゃんとお仕事に徹して、少しでもみなさまのお役に立たなければ。
 そんな決意を込めてうなずき、あらためてインナーのジッパーに手をかけました。

「恥ずかしいのなら、わたくしたちに背中を向けて着替えていいわよ」
 部長さまからのおやさしいお言葉。
「あ、はい」
 お言葉に甘えてみなさまに背を向けると、目の前に広がる青い空。
 そう、ここは窓際でした。

 だけど、見えるのは空だけの超高層ビルの窓。
 地上までだって二百メートルくらいあるのですから、覗かれる心配なんていりません。
 思い切ってジッパーを一気に下ろし、インナーの前を開きました。

「ホック、外してあげる」
 背中に回そうとした腕を遮るようにリンコさまが近づいてきて、コソッと外してくださいました。
「あ、ありがとうございます」
 
 インナーを脱ぎ去り、ブラのストラップを肩から外します。
 リンコさまが背後で待機してくださっているのがわかります。
 ヘンにおっぱいを隠したりせず、出来るだけ自然に、堂々と。

 上半身、裸になりました。
 脱いだ衣服はリンコさまが受け取ってくださり、代わりに着替えるべきインナーを無言で手渡して、退かれました。
 
 手渡されたインナーを広げながら、まっすぐ窓を向き、気持ちを落ち着かせるために深呼吸をひとつ。
 さっきより陽が傾いて少しだけ翳り始めた青い空が、曇りひとつ無く磨かれた素通しガラスの向こうに広がっていました。

 窓の外、辛うじて視界に入る低いところを、一羽のカラスさんがスーッと横切って行きました。
 私、今、お外に向けておっぱいを丸出しにしているんだ・・・
 ついさっきの、お仕事に徹する、という決意はどこへやら。
 すぐにいやらしい妄想が頭をもたげてしまう、どうしようもない私。

 それと同時に気づいてしまいました。
 ピカピカのガラス窓に薄っすらですがハッキリと、私の姿が映りこんでいることを。

 首には、マゾの首輪と見紛うような赤いチョーカー。
 一糸纏わずさらけ出したおっぱいの先端はふたつとも、誰かに摘んで欲しくてたまらない、といった様子で尖りきっています。
 おへそからなだらかに下降する下腹部を、申し訳程度に覆い隠す幅の狭いスカート。
 その裾ギリギリにチラリと姿を見せている、黒い濡れジミの逆三角形。
 なんてはしたない、恥ずかしい姿。
 そして、私の後方1メートルくらいのところにズラリと並び、私をじーっと見つめているみなさまの目、目、目。

 その視線は、私の背中を通り越してガラスに映った私のおっぱいに集中しているように感じました。
 見られてる、視られちゃってる・・・
 こんな恥ずかしい状況で、露骨に反応してしまっている私のふしだらな乳首。
 ついにチーフ以外の会社のみなさまにも、私のいやらしい性癖をご披露してしまった・・・
 ドキドキが高鳴り、全身がキュンキュンざわめき始めました。

 ううん、いけない、いけない。
 このままマゾの血が騒ぐに任せてえっちな妄想に囚われていたら、またみなさまにご迷惑をかけてしまう。
 これはお仕事、これはお仕事なのだから・・・
 自分にそう言い聞かせながら、急いで着替えのインナーに腕を通しました。

「着終えたようね。こっち向いて、またわたくしたちのリクエストに応えてちょうだい」
 ジジーッというジッパーを上げ終わる音が合図だったようで、部長さまからお声がかかりました。
「はいっ」
 これはお仕事、これはお仕事と、呪文のように頭の中でくりかえしつつ、みなさまの前に向き直りました、

「今度のは、あまりピチピチではないでしょう?」
「はい。ウエストにも余裕があって、これならせり上がることはないと思います」
 そうお答えはしたものの、実際は問題大有りでした。

 さっきまでのインナーよりルーズフィットになった分、胸元も腋も浮きやすくなってしまい、少し前屈みになると胸ぐりからバスト全体が覗けそうなほど。
 たぶん腋からも。
 バスト周りも数ミリの余裕があるので、ノーブラになった分動くたびに裏地に乳首の先が直に擦れて、ますます尖ってしまいそう。
 薄い生地ですからもちろん、まっすぐ立っているだけでもバストトップの位置が丸わかりなくらいに布を浮かしていました。
 これでさっきみたいに飛んだり跳ねたりしたら・・・
 淫らな妄想に嵌まり込みそうになっているところを、部長さまのお声が遮りました。

「それではまず、さっきみたいにジャンプしてみて。いくわよ?はい、ワンツーワンツー」
 パンッパンッ!パンッパンッ!
 真剣なまなざしで両手を打ち始める部長さま。
「あ、はい」

 拍手を聞いた途端、条件反射のように跳ね始める私。
 さっきみたい、ということは、腕の動きも付け加えなくちゃ。
 両腕を水平から頭上へ、ワンツーのツーのところでパンッと両手を打ち鳴らします。

「ジャンプしながら90度くらいづつその場で回転してみてくれる?360度見たいから」
「は、はい」
 ぴょんと飛び跳ねたらからだをひねり、着地するときはみなさまに対して右向きになるように、次は背中、次は左向きとグルグル回りながら跳ねつづけます。
 ジャンプし始めてすぐに、さっき考えかけた妄想が現実になったことを知りました。

 ブラジャーの支えを失った乳房が、ジャンプするたびにインナーの中で自由奔放に暴れまわります。
 尖った乳首が裏地に擦れまくり、そのたびにピリピリと全身に心地良い刺激が走り、どうにかなちゃいそう。
 両腕を挙げると胸ぐりはがら空きで、今にもおっぱい全体がこぼれ出そう。
 肩紐は落ちそうになり、腋も全開。
 腋の空間から乳首まで、丸ごと見えてしまっているかも。
 もちろん超ミニスカートは、黒ジミショーツを隠す暇もなくひるがえりっ放しでした。

 部長さまは手を叩きながら私の全身にくまなく視線を走らせ、時折傍らのリンコさまに何かコショコショ耳打ちされています。
 逐一それをメモするリンコさま。
 ほのかさまとミサさまは、微動だにせず視線だけが上下していました。

「はい、そのくらいでいいわ。ありがとう」
 二分くらい連続でジャンプさせられ、ようやくお赦しが出ました。
 ハア、ハア、ハア・・・
 私の頬が火照り、息が上がり気味なのは、急に運動させられたせいだけではありませんでした。
 みなさまに、こんな裸に近い姿をずーっと見つめられつづけていることに、私のからだが私の意志とは関係なく大興奮していました。

「こちらのほうが、何て言うか、ダイナミックな感じがしない?布地の動き、とくにシワが動くことで柄も躍動して」
 部長さまが誰に尋ねるというわけでもなく、おっしゃいました。
「そうですね。ピッタリめだとからだのラインは奇麗に出るけれど、小じんまりしちゃうかもしれませんね」
 リンコさまのお答え。
「だけど、こっちの場合、胸元とサイドは再考の余地有りです。無防備に過ぎる、と言うか」
 そんなことをおっしゃるということは、やっぱり乳首まで見えてしまっていたのでしょうか。

「森下さんは、実際に着ていて、何か気がついた点、ある?」
 部長さまからの突然のご指名。
「あ、はい。気がついた点、ですか?あの、えっと・・・」
「遠慮しないで。率直な意見を聞きたいの」
 語気鋭い部長さまの、真剣そのものなお顔。
「は、はい・・・」
 その迫力に気圧されて、思ったことを素直に告げることにしました。

「えっと、ノーブラになって、激しくからだを動かすとですね、あの、ちく、あ、いえ、バストトップがお洋服の裏地に擦れて、な、何て言うか、気まずいって言うか、落ち着かないと言うか・・・」
「ああ。なるほどね」
「あ、その点は、当然ニップルパッドを着けることになるので、本番では問題ないかと」
 リンコさまがすかさず解決策を示されました。
「そう。でもかなり激しく動き回ることになるから、強力な接着力が必要になるわね。剥がれ落ちないように」
「はい。いっそ医療用のバンソーコーのほうがいいかもしれませんね」

「その他には?」
 部長さまが私に向き直りました。
「あとは、とくに、別に・・・」
「そう。では、森下さん的には、今のとさっきの、どちらがいいと思う?」
「私的には・・・うーん、こちらでしょうか。踊っていて裾がせり上がってしまうのは、やっぱり落ち着かないです」
「そっか。なるほどね。ありがとう。参考にさせていただくわ」
 そうおっしゃってから、少し考え込むような仕草をなさった部長さまが、思い切るようにお顔を上げ、まっすぐ私を見つめてきました。

「ねえ、森下さん?あなた、何かアイドルの曲で振付けまで憶えているような曲、ある?」
 突然のお尋ねに面食らう私。
「アイドル、ですか?・・・私、そういうの、ぜんぜん疎くて・・・」
 パッと思い浮かんだのはスパイスガールズでしたが、ダンスを全部憶えているワケではないし。
 日本のアイドルさんの曲は、まったくと言っていいほど知らないし。

「それならバレエでもいいわ。長くやっていらしたのでしょ?」
「はい。バレエであればいくつかは・・・でも、音楽がないと・・・」
「あら、わたくしのクラシックライブラリーは凄いのよ。プレイヤーにデーターにして詰め込んでいるのだけれど、CDで言えば優に1000枚は超えているはず」
 オフィスに絶えず低く流れているクラシック曲は、早乙女部長さまのライブラリーだったんだ。

「でもバレエ音楽は、あまりなかったかな・・・あ、そうそう。チャイコフスキー。チャイコなら定番よね?」
 クラシック音楽の話題になって、いつになくウキウキした感じの部長さまが新鮮です。
「白鳥の湖と眠れる森の美女、くるみ割り人形。この3つなら何種類かづつ入ってるはずよ」

「白鳥の湖なら、オディールのヴァリエーションはずいぶん練習したので、今でも憶えているとは思いますが・・・」
「よかった。それは何ていう曲で踊るの?」
「あの、えっと、第三幕のパ・ド・シスの・・・あの、今、ここで踊るのですか?」
 ご自分のデスクの上に置いてある音楽プレイヤーらしきものを操作し始めた部長さまに向けて、戸惑いながら問いかけました。

「お願いしたいのよ。さっきみたいにぴょんぴょん跳ねるだけではなくて、実際に曲に乗ってダンスしているところを見ることで、何かインスピレーションが湧いてくるかも、って思ったの」
「せっかく踊れる人材がいるのだもの、使わない手はないな、って」
 最後の部分だけ、お仕事の鬼な部長さまらしい言い回しでした。
「はあ・・・」

「やっぱりトゥシューズ履かないと難しい?」
 私があまり乗り気でないのがわかったのか、少ししょんぼりした感じの部長さまらしくないお声が聞こえて、胸がズキンと痛みました。

「いえ、そんなことはありません。裸足になれば何とかなるとは思いますが。でもちゃんと出来るかどうかは・・・」
 部長さまをがっかりさせたくなくて、期待させてしまうようなことを返してしまう私。
「出来なんて気にしなくていいわ。バレエ音楽はあまり詳しくはないけれど、見るのは好きなの。こんなに間近で見れるなんて嬉しい」
 部長さまをすっかりその気にさせてしまったようでした。

「それで、何ていう曲をかければいいの?」
「あ、えっと確か第三幕の第19曲目。パ・ド・シスのf、ヴァリシオン5という曲です」
「なんだか呪文みたいな曲名」
 ミサさまが独り言のようにポツンとつぶやかれました。
「この曲かな」

 麗しいハープの調べがボリュームの上がったスピーカーから流れてきました。
 つづいて始まる、どことなくオリエンタルで軽快なメロディ。
 懐かしさと共に、その振付けをはっきり思い出しました。
 やよい先生のご指導の下、ひとつひとつ身につけていったアラベスク、フェッテ、ピルエット・・・
 覚えるたびにうれしくなって夢中で練習した日々。

「ずいぶん短かい曲なのね」
 しばしノスタルジーに浸っていた私を、部長さまのお声が現実に引き戻しました。
「でも耳に残る面白い曲。この曲にどんなダンスが乗るのかしら?ここはどういう場面なの?」
「あ、はい。オディールっていうのは悪魔の娘の化身の黒鳥で、物語のヒロインである白鳥の女王オデットとそっくりさんなんです。それで、そのオディールが主人公を騙して誘惑するという場面です」

「誘惑の場面ということは、バレエだとしても何かしらセクシーな感じになったりするのかしら。ますます楽しみだわ」
 セクシー・・・
 部長さまの弾んだお言葉に、私もハッと思い出しました。
 バレエのお話と思い出に夢中になっていて、すっかり忘れていました。
 今の自分の服装のことを。

 この曲の振付けは、かなり大きな動きがいろいろ出てきます。
 クルクル回るフェッテやピルエットでは、短すぎるスカートがひるがえりショーツが丸出しになるでしょう。
 脚を大きく振り上げれば、ショーツの両腿の付け根まで丸見え。
 腕は常に鳥のように羽ばたいていますから、腋もがら空き。
 最後のほうでは、両脚を前後に広げて跳ぶグラン・パ・ドゥ・シャもあったはず。
 すべてやったら、おそらくショーツは股深く食い込み、肩紐はずれて、胸元ははだけて・・・
 踊り終えた後、私はどんな姿になっているのでしょうか。

 唐突に、ずいぶん昔、バレエレッスンのときに試してみた、ある冒険のことを思い出していました。
 
 あれはまだ高校生の頃。
 自分のヘンタイ性癖には気づいていたけれど、それにどう対処すればいいのかわからなかった臆病者の私が好奇心を抑えきれず、公然露出の心境を味わってみたいと精一杯勇気を出して挑戦したプチヘンタイ行為。
 その頃憧れていたバレエ講師のやよい先生の気を惹きたい、という気持ちもあったと思います。
 いつものバレエレッスンのとき、インナーショーツとタイツをわざと忘れて、素肌に直にレオタードだけ着てレッスンルームに出たのでした。

 ルームには他の生徒さんたち、学校の親友さえもいるのに、股間を濡らして、布をスジに食い込ませて、その姿を鏡に映して。
 あのときはまだ、薄めだけれど毛も生えていたっけ。
 
 タイツを忘れてきた私への罰、それはスジを食い込ませた恥ずかしい私の姿をみなさまに晒すこと・・・
 視ないで・・・でも視て・・・
 鏡の前で課題のパをひとり黙々と練習しながら、そんな行為に人知れず、まだ幼いマゾマンコを疼かせていた私。

 あのとき何食わぬお顔で話しかけてきたやよい先生。
 後にやよい先生と初めてSMプレイをしたときに、気づいていたことを知らされたけれど、そのときはバレていないと信じ込み、鏡に映った自分のいやらしい姿に心臓がバクバク波打っていました
 
 あのとき感じた、ほろ苦い中にもちょっぴり甘酸っぱい自虐の快感。
 スリル、羞恥、恥辱、背徳・・・
 それらが鮮やかによみがえってきました。
 
 あの感覚を、もう一度味わいたい。

「森下さん、準備はいい?曲、流すわよ?」
 部長さまからお声がかかり、我に返りました。
「あ、はいっ」

 みなさまの前で精一杯踊ろう。
 服装がどうなろうとなりふり構わず、私のすべてを視ていただこう。
 だって私は視て欲しくて、それがお仕事のためにもなるのだから。
 
 バレエ教室での最初の発表会のとき、確か中二だったかな、みたいにドキドキしていました。
 ひとつ深呼吸をしてから目をつぶり、最初の音を聞き逃さないように耳を澄ませました。


オートクチュールのはずなのに 32


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