2014年7月12日

ランデブー 6:42 02

「あっ、いえ、あの、えっと、はい・・・」
 
 不意を突かれてあわてた私は、持っていた梅酒ソーダのグラスをあやうく落としそうになってしまいました。
 目の前で絵美さまが薄く微笑んでいます。
 ついに本題です。
 落ち着いてお話しなくちゃ。
 梅酒ソーダを一口ゴクンと飲んで、姿勢を正しました。

 私は今日、絵美さまに私の恥ずかしい嗜好と性癖を、すべて包み隠さずお話しすることに決めていました。
 すべてを知っていただいた上で、絵美さまが私のパートナー、いいえ、ご主人様になっていただけるよう、お願いするつもりでした。

「いつも、というわけではないのですけれど・・・」
 すっごくドキドキしながら、私は話し始めました。
 
 子供の頃、SMの写真集を盗み見たことから始まって、トラウマのこと、やよい先生とのこと、しーちゃんのこと、シーナさまとのこと・・・

 絵美さまがとても聞き上手で、基本的には黙って聞いていてくださり、私の話が散らかりそうになったときだけ的確に誘導して、更に新たな話題を引き出してくださいました。

「へー。そのときはどんな感じだった?」
「通っている学校の門の前で全裸って、すごいわねー」
「その人、次から次へとよくそんな恥ずかしいこと、思いつくものね?」
「そんなに感じちゃったんだ?えっちな子ねー」
 
 興味津々のお顔で、じーっと私を見つめつつ真剣にお耳を傾けてくださる絵美さまに性的な興奮さえ感じながら私は、東京に来てからのはしたない独りアソビのことまで、ほとんど洗いざらい白状していました。

「ふーん。なるほどね。あなたはそういう女の子なんだ?」
 私の告白がひと段落すると、絵美さまがまっすぐに私の顔を見ながらおっしゃいました。
 涼しげなふたつの瞳が少し笑っています。
「・・・はい」
 私は小さくコクンとうなずきました。
 言わなくちゃ。
 ここでちゃんと言わなくちゃ。
 覚悟を決めて、絵美さまのふたつの瞳に視線を合わせました。

「それで・・・」
「うん?」
「それで、こんな私なのですけれど、ぜひこれからもずっと、私とおつきあいしていただけませんか?」
 絵美さまのお顔が一瞬、えっ?という表情になりました。
 それからゆっくりと、淡い微笑が広がっていきます。

「おつきあい?」
「はい。私、恋しちゃったみたいなんです。お姉さ、あ、いえ、絵美さまのことが大好きになっちゃったんです」
 戸惑いのような表情を浮かべた絵美さまが、ふっと目を伏せました。

 その後の沈黙は、私にはすっごく長く感じられました。
 どんなお答えが返ってくるのか・・・
 絵美さまに嫌われてしまっただろうか・・・
 やっぱりすでにおつきあいされているかたがいらっしゃるのだろうか・・・

「あたしはかまわないけれど、本当にいいの?」
 実際には5秒くらいの沈黙の後、絵美さまが、拍子抜けするようなお答えをくださいました。
 あまりに予想外すぎて、今度は私が戸惑う番。

「えっ?」
「だってあなた、あたしのこと何も知らないでしょ?」
「あ、それはそうですけれど・・・あ、誰かもう、おつきあいしているかたが・・・?」
「ううん。あたしもあなたと同じで、オトコには興味ないたちだし、かといって、同性の決まった相手もいない」
「それならぜひ、おつきあいしてください。私、なんでもやりますから」
 すがるように絵美さまを見ました。

「実を言うと、あたしもあなたのこと、このあいだのアレでとても気に入ったから、おつきあいするのはいいのだけれど・・・」
 気に入った、というお言葉に天にも昇る気分。
「だけどあたしはね、けっこうめんどくさいオンナよ?」
 絵美さまが自嘲気味につづけました。
「誰かとつきあってもあまり長続きしないのよ。わがままだし、気分屋で飽きっぽいし、嫉妬深いし、仕事忙しいし・・・」
 ここは押すしかない、と思った私は、思い切り恥ずかしい科白で攻め込みました。
「だいじょうぶです・・・どんな仕打ちをされても耐えられます。私、マゾですから」
 あはは、って笑った絵美さまが美味しそうに、グラスに少し残っていたワインを飲み干しました。

「なるほどね。それならあたしたち、つきあってみようか?」
 絵美さまがニッコリ笑って、注ぎ直したワイングラスを私のほうに差し出してきました。
「ほんとですか!」
 チーンッ!
 勢いよく差し出した私の梅酒ソーダのグラスとワイングラスが触れ合い、綺麗な高音が響きました。

「それにしても、あなたが百合草女史と知り合いだったなんて、世の中ってほんとに意外と狭いのね」
「あ、やよい先生、いえ、百合草先生を、ご存知でしたか?」
「ご存知も何も、お店によく遊びに行っているし、水野さんがあたしの高校の先輩なのよ」
「ああ、ミイコさまですね」
 水野美衣子さま、やよい先生のパートナーで、ご一緒に新宿でレズビアンバーをやっていらっしゃる女性です。
「そう。お店でシーナさんにもお会いしたことあるし」
「そうだったんですか?」
「まあ、こういう嗜好を持つと、同じ嗜好の人たちが、自然に顔見知りになってしまうのかもね」
 絵美さまが感慨深そうにおっしゃいました。

「それで今のあなたの話だと、百合草女史やシーナさんが、今までさんざんあなたのからだをおもちゃにしてきたのでしょ?」
「これからあなたとつきあう身としては、彼女たちになんだかジェラシーを感じちゃうわ」
 からかうような口調でしたが、なんだか申し訳ない気持ちになってしまいます。
「ご、ごめんなさい・・・」
「冗談よ。これからあなたは、あたしだけのものだものね?たくさん愉しいことをしましょう」
「はいっ!」

「と言ってもあたし、自分ではそんなにエスっぽいとも思っていないのよね」
「いえいえ。私を虐めるの、すっごくお上手でしたよ。ずいぶん慣れている感じで」
「高校のときに、あなたみたいな子がひとりいたのよ。人前で裸にされて悦んじゃうような子が」
「もちろんいわゆるイジメじゃないわよ?仲良しグループの中の悪ふざけの延長みたいな、他愛も無いじゃれあい。その子もやられて嬉しそうだったし」
「へー」
「服飾部だったのよ。洋服作って着せあったり、学校祭ではファッションショーしたり」
「そのお話、すっごく聞きたいです」
「詳しいことは今度ゆっくり聞かせてあげるわ。そのときに、その子を辱めることに快感を覚えるようになっちゃったみたいなのね」

「あたしはね、顔フェチなの。イキ顔フェチ」
「可愛い女の子がせつなげに顔を歪めているのを見るのが大好物なの」
「綺麗な子が苦痛に苛まれている顔とか、気持ち良すぎて涙目になっていたり」
「可愛ければ可愛いほどいいのはあたりまえよね。そういうのを見ているのが好きなの」
「だから虐めたり責めたりするのは、別にあたしの手でじゃなくてもぜんぜんよくて、誰かがしているのを傍で見ているだけでもよかったのだけれど・・・」
 絵美さまがそこでいったんお口をつぐみ、私を真正面からじーっと見つめてきました。
「あなたの場合は違ったの。あたしが自分の手で、その可愛い顔をどんどんどんどん歪ませてみたい、って心の底から思ったのよ」

 私の心臓は、嬉しさで飛び出しそうなほど。
 今すぐ絵美さまに抱きつきたい、と思いました。

「だから・・・」
 腰を浮かせかけた私を制するように、絵美さまのお言葉がつづきました。
「SMで言う、ご主人様と奴隷、みたいな関係はピンと来ないのよね。なんだか字面が生々しくて。それよりも、なんて言うか・・・」
 絵美さまが視線を落とし、ご自分の思考の中に沈まれました。

「そうだ!」
 お顔を上げた絵美さまの妖艶な微笑み。
「あなた、マンガとかアニメが好きだって言ったわよね?」
「はい」
「だったら、スール、って知ってる?」
「あ、はい。全部読んでます。絵美さまもお好きなのですか?」
「うん。あのシリーズは面白いわよね。甘酸っぱくて」

 その頃人気のあった、由緒正しいお嬢様学校が舞台の少女小説でアニメにもなった作品内の設定。
 スール、とはフランス語で、姉妹。
 学園生活を清く正しく美しく過ごすために、上級生が下級生と、姉妹、になって、姉が妹を導く関係。

「あたしたち、スールになりましょう」
「はい、喜んで」
「そうなるとあたしはあなたを、直子、って呼ぶことになるわね」
「はい。私は絵美さまを、お姉さま、とお呼びします」
 私はルンルン気分でお答えしました。
「実は私、絵美さまのお名前がまだ分からないときからずっと、心の中で、お姉さま、ってお呼びしていたんです」

 チーン!
 もう一度グラスを軽く合わせ、私とお姉さまはめでたくスールとなりました。
 でも、私とお姉さまとのスール関係は、清く正しく、とはいかないでしょうけれど。

「さて・・・と」

 お料理もあらかたいただいて、お話もひと段落。
 お姉さまが少し目を細め、イタズラっぽい目つきで私を見つめてきました。
 イジワルそうな笑みが唇の端を歪めています。

「直子はもうお料理はいい?食べたいものある?」
「いえ、だいじょうぶです。お腹一杯。ごちそうさまでした」
「そう。だったら少し食休みしましょうか」
 絵美さまが呼び出しベルを押して、駆けつけた店員さんにアイスティとデザートのアイスクリームを二人分頼みました。

「そろそろ8時半ね。お店もけっこう混んできているみたいね」
 確かに四方の仕切りの向こう側は、来たときよりもずいぶんガヤガヤしています。
「週末ですからね」
「あたしちょっと、おトイレに行ってくるわね」
 お姉さまが席を立ってしばらくしてからデザートとグラスが運ばれてきて、そのすぐ後にお姉さまが戻られました。

 お姉さまは、出入り口側のご自分の席に座ってから、私を呼びました。
「直子の顔、もっとよく見せて。あたしの隣にいらっしゃい」
 ご自分の右隣を指差しました。
「あたしたちがめでたくスールになった、記念の儀式をしましょう」
「はい」
 私は自分のグラスを持ち、お姉さまの右隣に腰を下ろしました。
 お姉さまの右手が私の顎を軽くつまみ、ふたり、至近距離で向き合いました。
 アルコールが少し回ったのか、お姉さまの目元がほんのりピンクに染まっていて艶かしい。
 キスしてくれるのかな?
 ドキドキしたまま目をつぶりました。

「本当に、虐めたくなるお顔だこと。ねえ、直子、裸を見せて」
 左耳に吹きかかる吐息にゾクっとしつつも、おっしゃられたお言葉の意味にビクンとからだが跳ねました。
「えっ!?今ここで、ですか?」
「もちろん今ここでよ。大丈夫。もう注文したお料理は全部出ているし、そこの呼び出しベルを押さない限りお店の人は来ないから」
「で、でも・・・」
「それに直子は、あたしにそういうことをまたされたくて、あたしに会いに来たのでしょう?恥ずかしい思いがしたいのでしょう?」
 お姉さまがニッと笑って、私のスカートを捲り上げました。
「あっ、いやんっ!」
「こら。大きな声は出さないの。まわりは酔っ払いのオトコばっかりよ?ヘンな声出したら襲われちゃうわよ?」
 お姉さまったら、その振る舞いはどこから見ても立派に、SMで言うところのご主人様です。

「あら、このパンツを穿いているということは、ブラもピンクのアレね?」
「はい・・・」
「それなら、あの日直子が言っていたこと、今すぐここで実行出来るじゃない?ほら、服を着たまま下着を取るって」
「そ、そうですね」
「だったらあたしがボトムは取ってあげるから、直子は自分でブラをはずしなさい。いつでもどこでもすぐ脱げる、っていう露出マゾなコンセプトのフロントホックストラップレスブラを」

 愉快そうなお姉さまのお声が左耳をくすぐり、座っている私の下半身に膝枕するように上体を傾けてきました。
 スカートの裾から潜り込んだ手があれよあれよと言う間に、腰で結んだパンティの紐をスルスルっと左右とも、解いてしまいました。
「少し腰を浮かせて」
 お言いつけ通りにすると、私のスカートの裾から手品のように、一片のピンク色の布地がお姉さまの右手につままれて現われました。

「ねえ直子?このパンツ、ここのところ、グッショリ濡れているわよ?」
 パンティのクロッチ部分が私の鼻先に突き出されました。
「きょうはまだ、濡れるようなことしていないのに、なんでこうなっているの?ねえ?」
「あん、それは・・・」
「ひょっとして、あたしと話すだけで感じちゃってたの?そんなにあたしが好き?」
「は、はい・・・」
「それならちゃんと言いつけも守らなきゃ。早くプラも取りなさい」

 ブラウスの上からフロントホックをはずすと、乳房がプルンと跳ねてブラが肌の上を滑り落ちました。
 これをどうやって取り出そうか?
 長袖だから袖からとはいかないし、ボタンをちょっとはずして首周りから・・・
 考えていたら、お姉さまの手が私のブラウスに伸び、ブラウスの裾がスカートのウエストからたくし上げられ、ついでにブラジャーもブラウスの裾から引っ張り出されました。

「これで直子はノーパンノーブラね。今の気分はどう?」
「恥ずかしいです・・・」
「嘘おっしゃい。気持ちいいクセに。お顔が蕩けちゃっているわよ?」
 からだ全体が上気して、粘膜がヌルヌルピクピクと蠢き始めていました。

「次はブラウスのボタンを全部はずしてみようか」
「えっ!本気ですか?」
「本気、って聞くのは失礼よね。あたしはさっき、直子の裸を見せて、って言ったじゃない?」
「裸って言うのは服を着ていない状態のことよ。あたしは直子の、たぶんもうツンツンに尖っている、あの日みたいな乳首を今すぐ見たいのよ」
 もう!イジワルなお姉さま・・・
「わ、わかりました」

 私がブラウスのボタンを上からはずし始めると同時に、お姉さまがテーブルの上の呼び出しベルを勢いよく押しました。


ランデブー 6:42 03

2014年7月6日

ランデブー 6:42 01

「あなたはあんなこと、しょっちゅうやっているの?」

 とある居酒屋さんの衝立で仕切られた小さな個室。
 私の対面に座っている絵美さまの唇が、そう問いかけてきました。

 あのランジェリーショップでの出来事から約ひと月後、桜の蕾もほころび始めた、3月がもう終わりそうな頃。
 私は、絵美さまと再会することが出来ました。

 もちろん、横浜から戻ったその日の夜、自宅から絵美さまにお電話しました。
 目を閉じればまぶたの裏にはっきりと浮かぶ、絵美さまの端正なお顔を思い出してドキドキしながら。
 ツーコールも鳴らないうちにつながりました。
「待っていたわ、電話」
 絵美さまは、私が名乗る前に、少し掠れ気味のハスキーなお声でそうおっしゃり、電話に出てくださいました。

「先日は、本当に失礼いたしました・・・」
 から始めて、緊張しつつ慎重に言葉を選びながら、もう一度お逢いしたい、という意味のことをなんとか伝えました。
 絵美さまは、つっかえつっかえな私の言葉にも気さくな感じで答えてくださり、ぜひ会おうということになりました。
 でも、絵美さまのお仕事のご都合や、私が卒業を控えた時期であったこともあり、ふたりのスケジュールが合う日は、ずいぶん先のことになってしまったのでした。

 絵美さまが待ち合わせに指定された場所は、意外なことに池袋でした。
 私は、当然またあの横浜のショップに伺うことになるのだろうと勝手に思い込んでいたので、思わず、えっ!?って聞き返してしまいました。

「あなたのおうちからは遠い?」
「いいえ。ぜんぜん逆です。私今、東池袋に住んでいるんです」
「あら、それならなおさら好都合じゃない?」
「あなたに会えるの、楽しみに待つことにするわ」
 電話を終えるとき、絵美さまは艶っぽいお声で、そうおっしゃってくださいました。

 ステキな絵美お姉さまにもう一度逢える・・・
 それからの毎日は、遠足の日を心待ちにしている子供みたいに、ルンルンワクワクな気分で過ごしました。
 絵美さまはもうすでに、私がどういう性癖を持つ人間なのかご存知です。
 だからお逢いしたらきっと、あのときみたいなえっちなアソビで、私を辱めてくれるはず・・・
 ルンルンとムラムラがごちゃ混ぜになったルラルラ気分。
 お約束の日を指折り数えながら私は、文字通り毎日、思い出しオナニーをくりかえす日々でした。

 ランジェリーショップでの出来事から日が経つにつれ、あの日のあれこれを客観的に考えることが出来るようになっていました。
 そして考えれば考えるほど、あの日、私がしでかした数々のはしたない行為は、どんなに言葉を繕ってみてもくつがえらない、あまりに異常でヘンタイな露出マゾそのものの痴態だったという事実と、それを行なったのが紛れもなく自分だった、という現実を確認することとなり、そのいてもたってもいられない恥ずかしさが、私を更にどんどん欲情させました。

 前の年の夏休み以降、やよい先生とシーナさまが、お仕事、プライベート共に一段とお忙しくなり、ほとんどお会い出来ない日々がつづいていました。
 そのあいだはずっとひとりアソビばかりだったので、誰かとリアルに会話しながら辱めを受けたのは、すごく久しぶりでした。
 そのせいもあってあの日の私は、自分でも信じられないくらい大胆になり、後先も考えられないほど発情していました。

 日曜日のお買い物客が大勢行き来しているファッションビルの、薄い壁で仕切られただけの試着室。
 そんな危うい場所で全裸になり、ほぼ初対面の絵美さまに視られ、虐められながら、声を押し殺して何度か絶頂を迎えた私。
 関係者しか入れないビルのスタジオに忍び込み、たくさんのいやらしいお道具を使って、性癖丸出しオナニーショーをご披露した私。

 現実にやってしまった、あまりにも破廉恥な行為の数々に今更ながら凄まじい羞恥を感じ、その恥ずかしさが、子供の頃から私のからだを蝕んでいる、自己制御不能な被虐心を強烈に疼かせました。
「あなたは正真正銘の露出マゾ。ヘンタイ性欲者なのよ、直子」
 自分で自分を蔑む心の声に支配された私の両手。
 からだをまさぐる10本の指は、いつまでも止まることがありませんでした。

 快感の余韻の中て少し気持ちが落ち着くと、今度は、絵美さまと再会出来る喜びが、みるみる心を満たしていきます。

 当日は何を着ていこうかな?
 あのお話もこのお話も聞いてもらおう。
 また手をつないでくれるかな?
 またキスしてくれるかな・・・

 自分にとって大きなイベントのはずな大学の卒業式当日も上の空、絵美さまのことばかりを考えていました。
 中でも大いに頭を悩ませたのが、当日どんな服装をしていくか、でした。

 本当に真剣に、すっごく迷いました。
 出会いのときは、駅ビルのおトイレでえっちめな下着に穿き替え、ファッションビルのおトイレでは、わざわざミニスカートをクロッチギリギリまで無理やり短かくしてからショップを訪れました。
 そんな服装が功を奏して、絵美さまもすんなり私の性癖に気づいてくれたような面があったような気もします。
 絵美さまは、そういう私を期待されているかもしれない。
 まだ街中では春物コートを着た女性も目立つ頃でしたから、いっそ裸コートで行っちゃおうか・・・
 確か絵美さま、あの日の別れ際、次回もあたしがびっくりするような格好でいらっしゃい、っておっしゃていたし・・・
 そんな大胆なことを考えてはドキドキ昂ぶるのですが、一方では、私の中に生まれたひとつの決意が、そのような浮わついた気持ちにブレーキをかけていました。

 当日、私は絵美さまに、ぜひ自分とおつきあいして欲しい、とお願いするつもりでした。
 私だけのパートナーになってください、と。
 私にとっては一大決心でした。

 思えば今まで私が好きになったり、実際に性的なお相手をしてくれた人たちは、そのときすでに私とは別の決まったお相手がいたり、私がぐずぐずしているうちに別のお相手をみつけてしまったりで、誰ともちゃんとした、と言うか、ステディなパートナー関係にはなれずじまいに、今まできていました。
 そういうのは終わりにしたい。
 もう一歩踏み込んだ、私と誰か、ふたりきりの親密な関係が欲しい、と切実に願っていました。
 
 そして何よりも私は、あの日の出来事を通して、絵美さまのこと以外考えられなくなっていました。

 私が絵美さまに、こんなにも恋焦がれてしまう最大の理由。
 ひと月近く、ずーっと絵美さまのことだけを考えて導き出された結論。
 それは、私のあられもない行為の一部始終を、まるでご自分の頭の中のビデオカメラで記録しているかのように、冷ややかに、かつ真剣に目撃されていた絵美さまの瞳でした。
 絵美さまが私をじっと見つめる、その視線・・・

 それは、やよい先生やシーナさまとのアソビでも感じられたものではあるのですが、絵美さまのそれは、もっともっと強力に私を惹きつけました。
 その視線に晒されているだけで、心の奥底からジンジン感じてしまう、絵美さまの瞳の光がちょっと変化しただけで性的興奮が異様に昂ぶってしまう、私にとって特別な視線でした。
 視姦、という言葉は、知識としては知っていましたが、あの日初めて身をもって体験した気がします。
 とにかく視ていて欲しい。
 一瞬でも視線が私からそれると、それだけで言いようも無い寂しさに襲われてしまう。
 そんな魔力を、絵美さまの視線は持っていました。

 哀れむような、呆れているような冷たい瞳の中に、チロチロとゆらめいていた絵美さまの官能。
 私が恥ずかしがれば恥ずかしがるほど大きくなっていく、絵美さまの愉悦の炎。
 私は、その炎をより燃え立たせたくて、絵美さまに悦んでいただきたくて、どんどん自らを恥辱の果てに追い込みたくなるのです。

 もう一度、あの視線で私のからだをつらぬいて欲しい。
 からだの隅々までを、あの視線で舐められたい、責められたい、嬲られたい・・・

 もちろん視線だけではなく、絵美さまのお声や振る舞いも、何もかもが私のマゾ心の琴線を激しく震わせてくださいました。
 絵美さまは私にとって、心から本当に理想的と思えるパートナー。
 いいえ、マゾな私がパートナーなんて、そんな生意気なことを言ってはいけません。
 主従関係、ご主人様と奴隷、飼い主とペット・・・
 絵美さまが悦ぶことであれば、なんでも、どんなに恥ずかしいことでも出来る。
 絵美さまが私を視ていてくださるなら、他には何もいらない。
 そのくらい私は、絵美さまに心を奪われていました。
 絵美さまにだけは嫌われたくない、と思いました。

 魅力的な絵美さまですから、すでに誰かとおつきあいしている可能性も大きいとは思いましたが、その場合は、その次のポジションでもいいから、私とも遊んで欲しい、と頼み込むつもりでした。
 そしていつか、私だけの絵美さまになれば・・・
 やよい先生にもシーナさまにも感じたことの無かった、私にしては珍しく、独占欲、までもが芽生えているみたい。

 そんなことをごちゃごちゃ考えているあいだも、私の粘膜は絵美さまの視線を思い出して疼き始めます。
 自分の指で疼きを鎮め、少し冷静になった頭でまた考えます。

 結局、臆病さゆえなのでしょう、嫌われたくない、という想いばかりがどんどん募っていきました。
 絵美さまは、社会人で教養もおありだろうし、普段はちゃんと常識をわきまえているかたのはず。
 今回お逢いするのはショップではなくて、人通り多い街中だし、あんまりだらしのない格好で行くと失望されちゃうかもしれない。
 それに、私がおつきあいをお願いする大事な日なのだし・・・
 そう考えるようになって、やっぱり普通に無難な格好で行くことに決めました。

 お約束の日は、金曜日でした。
 絵美さまは、お仕事を早めに終わらせて駆けつけてくださるということで、夕方6時40分の待ち合わせでした。

 当日は、4月間近にしては少し肌寒い曇り空。
 お出かけ前にウォークインクロゼットで、手持ちのお洋服をあれこれ引っ張り出し、長い時間悩みました。

 少し厚めな純白コットンのフリルブラウスにベージュのジャケットを羽織り、膝上丈の濃いブルーのボックスプリーツスカートに黒ニーソックス。
 悩んだワリには、普通の真面目な学生さん風になっちゃいました。。
 下着だけは、あの日絵美さまが選んでくださったピカピカピンクのストラップレスブラと紐パンにしました。

 すっかり薄暗くなった繁華街を抜け、灯りが煌々と灯るデパートのショーウインドウ前。
 待ち合わせ時間に少しだけ遅れて現われた絵美さまは、濃いグレーのパンツスーツ姿でした。
 仕立ての良いやわらかそうな生地に包まれたウエストからヒップのラインがすっごく綺麗。
 大きめに開けたシャツブラウスの襟元から覗く白い肌がセクシー。
 お仕事が出来そうなオトナの女性っていう感じ。
 ごあいさつも忘れてしばし見蕩れてしまうほどカッコイイお姿でした。

「こ、こんにちは。きょ、今日はわざわざおこしいただいて・・・」
 すっかりアガってしまい、ごにょごにょご挨拶する私に、ニッと笑いかけてくださる絵美さま。
 ズキューン!

 絵美さまは気さくに、元気にしてた?みたいなお言葉をかけてくれながら、ズンズンと大股で歩き始めました。
 さすがにいきなり手をつないではくれないようなので、半歩くらい後ろを追いかけます。
 案内してくださったのは、雑居ビルの上のほうにあるオシャレな居酒屋さんでした。
 予約してあったらしく、すぐに通された場所は四方を和風な格子戸のような衝立で仕切った完全個室でした。
 真ん中に正方形のテーブルがあって、足元が掘りごたつみたく凹んでいて床にお座布団を敷いて座るタイプ。
 絵美さまは、私に奥を勧め、ご自分は入り口格子戸に背を向け、私と差し向かいにお座りになりました。

 ほどなく店員さんが来て、絵美さまが慣れた感じでお料理をいくつか注文され、私は梅酒のソーダ割を注文しました。
 絵美さまは白ワイン。
 しばらくは、お食事をいただきながら、絵美さまのお仕事についてのお話になりました。

 絵美さまは、その服装のせいか、ショップでお逢いしたときとはまた少し違った印象で、なんて言うか、知的できりりとした感じで、まさしくクールビューティという言葉がぴったり。
 私は、お話をお聞きしながらも、絵美さまの綺麗なお姿にうっとり見蕩れていました。

 絵美さまは、横浜のランジェリーショップの店長さんが本職というわけではなく、普段は、アパレル系のデザイン事務所を経営されているのだそうです。
「新作が出たときとか、お客様のニーズを調べたいときなんかに、懇意にしているお店に頼んでマヌカンの真似事させてもらったりしているの。いわゆる市場調査」
「そんなにしょっちゅうではないけれど、新宿とか渋谷、銀座、いろいろなところでね」
「あの横浜のお店は、うちも多少出資しているから、アンテナショップみたいなものかな」
 絵美さまが、生ハムを器用にフォークで丸めながら説明してくださいました。

「それはつまり、会社の社長さん、ということですか?」
「そうね。らしくないのだけれど、行きがかりでそうなっちゃったのよ」
 絵美さまが照れくさそうに笑いました。
 そのお顔がとてもコケティッシュで、キュンとしてしまいます。
「少人数だけれど、けっこう手広くやっているの、アパレル全般ね」

 美味しいお料理をいただきつつ、梅酒ソーダをちびちび飲みながら絵美さまのお話に耳を傾けていると、ふいにデジャヴを感じました。
 こんな感じの場面、ずっと前に体験したことがある・・・
 すぐに思い出しました。
 中学生のとき、私のトラウマとなった事件のことでやよい先生にご相談したとき、連れて行かれた居酒屋さん。
 あのときの感じにそっくり。

 私が少しのあいだ、遡った時間に思いを馳せていたとき、不意にお言葉を投げかけられました。

「ところであなたはあんなこと、しょっちゅうやっているの?」


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2014年6月16日

コートを脱いで昼食を 32

「ねえシーナさん?よかったらレジ裏の部屋、使います?」
 ショーウインドウの向こう側からの視線がもたらす、羞恥の愉楽に浸りきっていた私の頭の片隅に、純さまのくぐもったお声が侵入してきました。
「だってナオコったら、さっきからずっとだらしなく口開けっぱのアヘ顔で、サカリっぱなしですよ?」
「こんなんじゃいったんイかせてあげないと、おさまりつかないんじゃないかと思って・・・」
 純さまの呆れたようなお声が、私の後方から聞こえていました。

「そうねえ。だけどこの状態の直子はもはやケモノなのよねえ。下手にどっかまさぐったら凄い声あげるわよ?」
「ドア閉じたって絶対ヨガリ声が店内に響いちゃうだろうから、今以上にお店に迷惑かけちゃうわ」
 シーナさまの、多分に軽蔑を含んだ、でもなんだか愉しそうなお声が応えました。
「シール貼っているあいだ中、お尻の穴がヒクヒク蠢いているのだもの、なんだかこっちのほうが恥ずかしくなっちゃいましたよ」
 桜子さまも呆れ果てているご様子。
 私の意識が徐々に現実に引き戻されました。

「だからまあ、直子の後始末はわたしが責任もってどうにかするわ」
 シーナさまのお声が聞こえたと同時に、私のお尻がパチンと勢いの良い音をたてました。
「ああーんっ!」
「ほら直子、いつまでわたしたちにいやらしいお尻突き出している気なの?まだ視られ足りない?」
「シールはもうとっくに終わっているわよ?さっさとこっち向きなさい」
「あ、はいぃ」
 前屈み気味だった上体を起こしつつ、シーナさま、そしてギャラリーのみなさまのほうへ恐る恐る向き直りました。
 途端に、私の顔面めがけて、みなさまの好奇と侮蔑に満ち溢れた視線の束が襲いかかってきました。

「ほんとに、見事にどヘンタイ淫乱マゾ丸出しの顔になっているわねえ。ねえ直子、あなた今、一触即発でしょ?」
 薄ら笑いを浮かべたシーナさまの瞳がキラキラ輝いています。
「はい・・・」
「イきたくてイきたくて仕方ないでしょう?」
「はい・・・」
「たとえば今、どこを弄って欲しい?」
「あ、えっと、どこでもいいですけれど・・・おっぱいとか、ち、乳首・・・」
 シーナさまの誘導ではしたない言葉をスラスラ口走ってしまう私。
 シーナさまの背後で見守るギャラリーのみなさまが気にはなるのですが、それでも、いやらしい言葉を自ら口にしたくてたまりません。

「おっぱいだけでいいの?」
「あ、あとはえっと、こ、ここ・・・」
 両手は頭の後ろなので、顎を引いて自分の下半身を覗き込む私。
「ここじゃわからないわね。ちゃんと呼び名で教えてくれなくちゃ」
「あの、アソコ・・・せ、性器・・・です」
「あら?今日はずいぶんとお上品なのね。いつもと違う呼び方じゃない?」
「あの、えっと、ク、クリトリス・・・」
「そこだけ?」
「いえ、あの、お、オマン・・・」
 口に出しかけて、ギャラリーのみなさまを上目遣いで見た途端、下半身が電流に貫かれました。

「え?聞こえなかったわ、何?」
「だからあの・・・オマンコ、オマンコ全体を弄って欲しいんです!」
 ハッキリクッキリ言葉にした私。
 うわっ!てギャラリーのどなたかが呆れたお声をあげました。
 フフン、と満足気に笑われたシーナさまがつづけます。

「だけどね、純ちゃんのお店もいつまでも直子のヘンタイアソビにつきあっているワケにはいかないのよ?これから夕方はかきいれどきだし」
「だからそろそろわたしたちはおいとましましょう」
「でもその前に、直子は自分のしたことの後始末をしなければいけないわ」
 そこでシーナさまは一呼吸置き、ニッて笑いました。

「シャツを脱ぎなさい」
「え?」
「シャツ脱いで素っ裸になって、床にひざまずいて自分のいやらしいおツユで汚したお店の床を綺麗に拭き取りなさい。さあ早く!」
「は、はいっ!」
 語気の荒くなったシーナさまのご命令口調に、あわててシャツの裾を捲り上げ、Tシャツを脱ぎました。
 とうとうお店で全裸です。
 すぐに床にひざまずき、這いつくばってお尻を突き上げ、自分が立っていた足元の恥ずかしい水溜りを、たたんだシャツで丁寧に拭き始めました。
 
 小さなTシャツ全体がぐっしょりになるほどの量でした。
 そして、自分では嗅ぎ慣れている臭い。
 それがギャラリーのみなさまにまで届いていることを思うと、今更ながらの強烈な恥ずかしさ、みじめさ。
 純さまがコンビニ袋をくれたので、それにぐっしょりTシャツを入れると、横からシーナさまの手が伸びて奪われました。
「これは直子のバッグに入れておくわ。後で自分で洗って、もちろんまた着ること。ものは大切に、ね?」

「立ち上がったら、こちらを向きなさい」
 お言いつけ通り立ち上がり、みなさまと対面します。
 両足は休め、両手は自然と頭の後ろへ。
 さっきと今で違うのは、私が正真正銘の全裸なところ。

「これからわたしは純ちゃんとお会計してくるから、戻ってくるまでのあいだ、お客様に桜子さんのスキンアート作品の出来栄えを、近くでじっくり見ていただきなさい」
「あ、その前にまず、今まで見守っていただいたお礼をみなさんに言わなくてはね。そのおかげで直子がこんなに気持ち良くなれたのだから」
 シーナさまが細目で私を睨みつつ、顎でうながします。
「ほら、今日は、見てくださってありがとうございました、でしょ?」
「あ、はい、み、みなさま、今日は、見てくださいまして、本当にありがとうございました」
 マゾの服従ポーズのまま上体を前傾させ、ペコリと頭を下げました。
 剥き出しのおっぱいがプルンと揺れます。

「何を見てもらったのよ?」
「・・・わ、私の裸です・・・」
「ただの裸じゃないでしょう?」
「あ、えっと、いやらしいマゾ女の直子のからだです・・・」
「からだって、具体的にどことどこよ?直子のどこを見てもらったから嬉しかったのよ?」
「あ、っと・・・」
「ほら、よく考えて、わたしが満足できるように、正直なご挨拶をなさい!もう一度最初からやり直し!」
 シーナさまの苛立ったようなお声が、私のマゾ性をグングン煽ってくれます。

「み、みなさま、今日は、私・・・な、直子の、ヘンタイマゾ女の直子のいやらしい裸を・・・あの、つ、つまり、おっぱいやち、乳首・・・尖った乳首や、お、オマンコ、いやらしく濡らしたオマンコ、の穴と充血したクリトリスと、あとえっと、汚いお尻の穴も、見てくださって、本当に、あ、ありがとうございました・・・」
 
 理性のストッパーがはずれ、恥辱の洪水に溺れている私の唇からは、はしたなくえげつない言葉が次から次へとスラスラ湧き出ていました。
「私は、直子は、みなさまに恥ずかしい姿を視られて、虐められて辱められてえっちに興奮してしまう、いやらしいヘンタイのどマゾ女なんです・・・今日は、みなさまのおかげで、とても気持ち良くさせていただいて、本当にありがとうございました」
「ま、また機会がございましたら、そのときも存分に虐めてやってください・・・お願いいたします。ありがとうございました・・・」
 そこまで言ったとき、懲りもせず左内腿を愛液がドロリと滑り落ちていきました。

「あーあ、まーた床汚して!もう際限ないわね!」
 シーナさまが呆れたお声でコンビニ袋を投げつけてきました。
「拭いたらまたその姿勢に戻って、スキンアート作品の見本になること!」
「みなさんも遠慮せずに、近くでご覧になってくださいね。このお店の桜子さんの腕前は一流アーティスト並みだから」
「でも、あんまり近づくといやらしい臭いでクラクラしちゃうかもね。直子への質問もご自由に。直子はちゃんと正直に答えること」
「それに、ちょっとなら作品にさわってもいいわよ。ペイントは完全に定着しているらしいから。直子のいやらしい汗でも滲んでいないしね」
「でも直子は絶対ヘンな声をあげないこと。がまんするのよ。この後すぐ、わたしがいい所に連れて行って、存分に喘がせてあげるから」
 笑い混じりなシーナさまが言い捨てて、純さまと一緒にレジのほうへ消えました。
「ワタシもトイレ行ってくる」
 桜子さまが後を追いました。

 全裸で無防備に立ち尽くす私の前に残ったのは、今日初めて出会ったかたたちだけになっていました。
 試着のお客様、そのあといらっしゃったおふたかた、そのまたあと更に4名のお客様が見物に加われたようでした。
 シルヴィアさまとエレナさまは、残念ながらいつの間にか帰られてしまったようですが、それでも合計7名の初対面なかたたちの視線が私の裸身に注がれていました。
 全員、私とあまり年齢に開きの無さそうな学生さん風な女性ばかり。
 お名前も素性も知らない同年代の女の子たちの遠慮無い視線が、私の素肌を嘗め回していました。
 みなさまは先ほどより近い位置、桜子さまの作業デスクの脇、まで近づいてきて、裸の私を半円形に取り囲んでいました。

「本当にこういう趣味の人いるんだねー」
「露出狂、って言うんでしょ?」
「さっき、通行人もけっこうこっち、見てたよね?わたしのほうがドキドキしちゃった」
「乳首が飛び出てたの、気づいたのかしら?」
「ひとり、立ち止まって覗き込むようにガン見してたおにーちゃんがいたね」
「あれ?女の子じゃなかった?」
「ガイジンさんが笑いながらウインドウに近づいてったら、ササって逃げちゃったけど」
 みなさま、私に直接は話しかけずにヒソヒソ、好奇心丸出しのおしゃべりです。

「スキンアートって、意外とオシャレなもんなんだね」
「うん。けっこういい感じだよね」
「でもアタシ、こんなとこにしてもらう勇気ないわー」
「それって別に勇気じゃなくね?」
「やだ!よく見たらおっぱいにマゾヒストって描いてある!」
 私は曖昧な微笑を浮かべつつ、みなさまのおしゃべりを黙って聞いています。
 それなりに着飾っている同年代女子の中に、たったひとり全裸でいる屈辱を全身で感じながら。

「ねえあなた、あなた学生?ニート?OLさん?」
 不意に、それまで好奇心おしゃべりに加わっていなかった、あの試着のお客様が私に直接話しかけてきました。
 この中では一番最初から、私がくりひろげる痴態を目の当たりにしてきた彼女。
 私の真正面に立って、私をまっすぐ見つめて聞いてきました。

「あ、はい。一応大学生です」
「へー。それならわたしと年変わらないんだ。まさかこの近くのガッコ?」
「いえ、違います・・・」
「こんなことすると気持ちいいんだ?人前で裸になるのが」
「は、はい・・・あの・・・ごめんなさい・・・」
 彼女のお言葉には、明確な侮蔑が感じられました。
 私のような女に対する嘲笑と嫌悪みたいなものを、まったく隠そうともしない冷たい口調。
 今の私には、ゾクゾクしちゃう、心地よい罵倒。

「ふーん。さっきいろいろ命令していたお姉さんがあなたのご主人様なんだ?」
「はい・・・」
「でもさ、こういうのって普通、男とやるものでしょ?」
 桜子さまと同じ疑問をお持ちのよう。
「私は男性はダメなんです。同性じゃないと・・・」
「レズってこと?・・・」
「・・・はい」
「そうなんだ。じゃあ、あのご主人様は恋人でもあるの?」
「まさか・・・恋人だなんて・・・」
 自分が答えた言葉に、なぜだか胸がキュンと疼きました。

「同性に裸見られて興奮するんだ?」
「はい・・・あと、虐めらたり辱められたり・・・」
「ふーん。それなら今、こうして同性のわたしたちに見られているこの状況って、あなたにとっては天国みたいなものなんだ?」
「・・・はい、そうですね・・・」
 試着のお客様が代表インタビュアーみたいになって、その一問一答を他のみなさまが見守る形になっていました。

「そんな性癖だとあなた、クアハウスとかサウナの女湯、興奮して入れないんじゃない?」
 みなさまがドットと沸きます。
「そ、それは、あらかじめの心構えが違いますし、みなさんも裸ですから・・・」
「ああ、なるほど。こういうありえない場所で自分だけ裸になるのがいいのね?」
「・・・はい」
「はい、だってー!」
 再び沸くギャラリーのみなさま。

「あなたみたいな人を本当の、マゾ、っていうのね。わたし今まで、ドMだとかマゾいよねー、なんて言葉をなんとなく超テキトーに使っていたけれど、今日初めてわかった気がするわ」
 試着のお客様が、独り言みたいに、心底感心したご様子でつぶやきました。
 それから再び、私の顔をキッと睨みつけ、興奮気味につづけました。

「わたし、今日あなたのしていること見て、すっごく、心の底から、虐めてみたいーって思ったのよ。あなた見て、わたしの中のSッ気が目覚めちゃった感じ」
「あなたの顔、しっかり憶えたから、今度どこかで会えたら、そのときはわたしにつきあってよ?ご主人様には内緒で」
 彼女の冷たい瞳が、まっすぐに私を射抜いていました。
「は、はい・・・喜んで・・・」
 彼女の迫力に気圧された私は、従順にうなずきました。
「そう。ありがとう。嬉しいわ。あと、最後にひとつお願いしていいかしら?・・・」
「はい?」

 そのとき、シーナさまと純さま、桜子さまがお揃いで戻っていらっしゃいました。
「あら、盛り上がっているみたいね。直子、ちゃんとみなさんに見てもらった?」
「あ、はい・・・」
 シーナさまは私のコートとバッグを手にされていました。
「それじゃあわたしたちは失礼させていただくわ。直子、そのままコートだけ羽織りなさい」
「あ、はい」
 シーナさまが手渡してくれたコートに、全裸のまま、まず片手を通しました。
 コート着ちゃうの、ちょっと名残惜しい・・・

「みなさんも、お騒がせしちゃったわね。また、このお店でこの子のショーをするかもしれないから、ご縁があったら、そのときはまたよろしくね」
「純ちゃんも桜子さんもありがとね。また近いうち寄らせていただくわ」
「いえいえ、シーナさん、今日はたくさんのお買い上げ、ありがとうございました」
 純さまがおどけた感じでお辞儀をして、私にもニコッと笑いかけてくださいました。

「ほら、コート着たらとっとと行くわよ。ボタンなんて適当でいいから、どうせすぐ脱ぐんだし」
 シーナさまが私の右手を取り、お店のドアのほうへと引っ張っていきます。
 そのお顔は完全なドエス。
 つぶらな瞳が妖しく輝き、小さなからだ全体の温度が数度、上がっているような感じ。
 やる気マンマン、テンションマックス。

 ちょうどあのとき、アンジェラさまのワックス脱毛エステを受けての帰り道、のシーナさまも、こんな感じでした。
 自宅マンションに近づいていたシーナさま運転の車は、スーッとその脇を通り越し、そのまま少し走りつづけて池袋のラブホテルの地下駐車場に、当然のように滑り込んでいました。

「直子はさんざんアンジーたちにイカせてもらったからいいでしょうけれど、わたしは直子のイキっぷり見てて、羨まし過ぎて、蘭子さんの超絶マッサの気持ち良さまで吹っ飛んじゃったわよ」
「これはみんな直子のせいなのだから、直子はわたしに奉仕する義務があるの。わたしがもういいって言うまで、わたしを気持ち良くさせる義務がね」
 その日、ふたりとも疲れ果て、裸で抱き合ったまま寝入ってしまうまであれこれしたので、結局マンションのお部屋に戻ったのは明け方でした。

 あのときと同じ、いいえ、それ以上のドエスオーラを発しているシーナさまは、お店の入口まで見送ってくれたみなさまが呆気に取られるほどの勢いで、私の手を引いてお外に飛び出しました。

「まったくあなたって子は、淫乱にもほどがあるわ」
「きっと今頃、お店ではあなたの話題でもちきりよ。本物のどヘンタイだって」
「ウイッグ着けて大正解だったわね。予想外にいろんな人に見られちゃった。直子は嬉しかったでしょうけれど」
「シルヴィアたちは今日撮った写真、絶対お店でお客に見せちゃうわね。直子の裸」
「まあ当分この界隈には近づかないほうがいいわね。ほとぼり冷めるまで」
「だから今日はSMホテルに行くからね。あなたを虐め倒したくてたまらないわ。覚悟なさい」
「もちろんわたしにもきちんと奉仕するのよ。わたしが満足するまでね」
 
 そんなことをブツブツおっしゃりながら、人波を切り開くように、夕暮れ近い雑踏をズンズン進むシーナさま。
 右手を引かれた私は、一番下を留め忘れたコートの裾がヒラヒラ大きく翻り、無毛の下半身にお外の風を直に感じていました。

 交差点の向こう側にお城のような外観の派手な建物が見えました。
 あそこかな?
 シーナさまがその入口を睨むように見つめています。
 発情されているシーナさま、大好きです。

 ああ、やっとイかせてもらえそう。
 そしてもちろん、今日も長い夜になるはずです。