2016年1月31日

オートクチュールのはずなのに 35

「自分でスカートめくり上げるの。今日はあたしの言うこと、何でも聞いてくれる約束でしょ?」
 しばらく沈黙がつづきました。
 監視カメラ、つまり、それに付随するマイクが天井に取り付けられているからでしょうか、お声がなくなると、空調の無機質な持続音がやけに大きく両耳に響いてきます。

「へー。奇麗になっているじゃない?ちゃんと約束守ってくれたんだ。嬉しい」
 また少し沈黙。
「いつやったの?」
「・・・ゆうべ・・・シャワーの後に・・・」
 やっと早乙女部長さまらしきお声が聞こえてきました。
 でも、いつもの余裕綽々なご様子ではぜんぜんなく、今にも消え入りそうなか細いお声。

「ねえリナちゃん?もう下ろしてもいいでしょう?こんなの恥ずかし過ぎるわ」
 切羽詰ったような部長さまのお声を、撥ねつけるように絵理奈さまの鋭いお声が遮りました。

「何言ってるの?あたしなんか誰かさんのせいで、イベント当日はその何十倍も恥ずかしい格好で人前に出るのよ?わかってるの?」
「あたしも着エロの仕事で、ずいぶんエロい衣装を着せられてはきたけれど、ここの会社のは次元が違い過ぎ。よくあんないやらしい、変態じみた衣装をいくつも考えられるものよね」
「それに、あたしがこの仕事を請ける条件、忘れちゃった?その代わり部長さんのからだを一日好きにさせて、って、あたしが提案したら、それにうなずいたのは、他でもない、部長さんでしたよね?」
 またしばらく沈黙。

「もっと近づいてよ。隅々までじっくり見せて」
「・・・ぁぅぅ・・・」
 部長さまの、小さく喘ぐようなお声が微かに聞こえました。

「それで、あたしとの約束通り、オフィスに誰もいなくなったら、すぐにノーパンになってあたしを待っていたのよね?パンツ脱ぐときは、窓際で外を向きながら、とも言っておいたはずよ」
「そ、それが、ちょっとアクシデントがあって・・・」
「しなかったの?」

「社員のひとりがどうしても残っていなければならない大事な仕事があって・・・だから今も社内にいるの・・・」
「だからさっき、どこかに電話をかけてたんだ。誰が残ってるの?」
「森下さんていう、新人の子」
「ああ、いつもお茶出してくれる、あの気の弱そうな子か」

「でも、それってスリリングで面白いんじゃない?部長さんのえっちな声が外に洩れて、その子にバレちゃったりして」
「・・・それはたぶん大丈夫。森下さんにはずっと社長室にいるように言ってあるし、ここと社長室は離れているから」
「それに、この部屋では、ミシンかけたり、けっこう大きな音を出す工具仕事もするから、防音を施してもあるの」
「ふーん。それであたしをこの部屋に連れ込んだんだ。でも、いくら防音だからって、過信はしないほうがいいと思うな。今日、あたし、部長さんのからだをとことん、思う存分愉しむつもりだから。それこそ、部長さんが、その奇麗な顔をクシャクシャにして泣き叫んじゃうくらいに」

「あ、それと、これも忘れないでね。今日という日付を指定したのも、オフィスでやりたい、って言い出したのも部長さんのほうなんだからね?社員が残っているのがアクシデントなら、それは部長さんのミス」
「もしも部長さんが、防音も役に立たないくらいのあられもない声をあげて、その新人の子に聞かれちゃって、社内での立場がおかしくなっちゃったとしても、それは全部、自己責任よ」

「部長さん、仕事のときは凄く凛々しくて社員にも厳しいものね?そんな部長さんが、自分でスカートめくり上げて、年下のあたしに、自分でパイパンにしたオマンコを見せつけているんだもの」
「森下さんとやらがこの光景を見たら、どう思うかしら?写真に撮って、持っていって見せてあげたいわ」
「いやっ。リナちゃん、写真だけはやめて」
 部長さまの悲痛なお声。

「冗談よ。あたしだって、別に部長さんを追い詰めたいわけじゃないもの。ただ、たまには変わったシチュエーションで愉しみたいだけ」
「はぅぅっ!」
 不意に部長さまの甲高い吐息。

「うわっ、ビッチャビチャ。いつもの倍くらい濡れてる。そんなにノーパン、気に入った?」
「あっ、あっ、あっぅん・・・」
「いつもはあたしに好き放題して悦んでいるのに、今日はすっかりしおらしいのね。ひょっとして部長さんも、マゾっ気、あるんじゃない?」
 部長さまの悩ましげなため息が、絶え間なく聞こえてきます。

「クチュクチュいってる。クリちゃんもフル勃起。早乙女部長さんって、いやらしーっ。指、増やしてあげよっか?」
 絵理奈さまのからかうみたいな、心底愉しそうななお声。

「さっきの話のつづきだけど、それならいつ、ノーパンになったの?」
「あんっ、か、彼女が帰れないことを知って、あぅ、あわててトイレへ行って・・・あっ、あっ・・・」
「約束を守ろうとする、その心がけはエライいじゃない?気づかれなかった?」
「あっ、い、いいっ、た、たぶん・・・」
 喘ぎながらも一生懸命お答えしようとしている部長さまのお声が、すっごくエロい。

「脱いだパンツ、見せてよ」
「あっ、あっ、あっ」
 喘ぎ声と共に、衣擦れのガサゴソ。
「脱いだパンツとパンストをスカートのポケットに入れとくなんて、エレガントな部長さんのすることではなくってよ」
「あん、だめ、あっ、ス、スカートが、汚れちゃうわ、ぁぅぅ・・・」
「こんなときでも、身だしなみには気を遣うのね。ご立派な部長さんだこと。汚したくなかったら、しっかりめくっていなさい」
「いい、いい、いいーっ・・・・」
「うわ。ちょうどオマンコのところがベチョベチョじゃない。パンツも、パンストにまで。パイパンにしたから感度上がったのかな?」
「ということは、部長さんたら、部下と仕事の話しながらも、ジワジワ、オマンコ濡らしていたんだ?」
「いやっ、あんっ、そんなイジワル、いぃぃ、言わないで・・・」

「それに、パイパンにすると、ただでさえ派手なラビアが丸出しになって、すごく卑猥。まるでブラックローズ。濃赤の薔薇の花みたい。ビラビラが指に絡み付いてきてるわよ?」
「あん、あん、いや、引っ張っちゃだめ、そこ、そこ、ああんっ・・・」
「でもあたし、部長さんのこのオマンコ、大好きだな。あったかくて、締め付けも良くて。部長さんて、ルックスはエレガントで品がいいのに、オマンコだけは思いっきりお下品なのよね?」
「・・・あふぅ、そこ、そこもっと、そこがいいのっ、リナちゃん・・・」

「たまには攻めと受けを変えてみるのも新鮮じゃない?いつも、あたしばっかりイカされてるから」
「あん、リナちゃん、もっともっとぉ・・・」
「ほら、そんなに腰をガクガクさせたら、おツユが飛び散って、それこそスカートが汚れちゃうわよ?」
「あうううっ、あーんっ、あーーーーーっ!」
 部長さまのお声がどんどん大きくなり、激しい衣擦れのような音と共に、ブチュブチュという淫靡な音まで聞こえてきました。
「今、3本よ。どう?イキそう?イクときは言うのよっ!」
「ああん、いいっ、いいっ、いいいいいぃぃぃっ・・・」

「はうぅんんんんぅぅぅ・・・」
 固唾を呑んで聴覚に集中していたら、突然、気の抜けたような部長さまのお声。
 やるせなさそうな、ハアハアという荒い息遣いがせわしなくつづきました。
「そんなにあっさりイカせてはあげないわよ。いつもあたしにしていること、そっくりそのままやってあげる。ほら、服、全部脱いで。早乙女部長さん?」
「そんな目で見たって駄目よ。今日は焦らしに焦らしまくってあげる」
 ガサゴソという衣擦れの音。

「・・・ねえ、リナちゃん?その、わたくしを、部長さん、て呼ぶのやめない?なんだかとても、気恥ずかしいわ」
「あら、なんで?せっかくアヤ姉のオフィスでの陵辱プレイなんだから、それっぽい雰囲気出るようにわざわざ呼んであげているのに」
「それは、そうなのだけれど、ここはわたくしの現実の職場だし、そこでこんなことをして・・・なんだかとてもイケナイことをしているような気になって・・・それに、社内に社員もまだいることだし・・・」
 途切れ途切れに弁明される部長さま。
 ときどきお声がくぐもるのは、お洋服を脱ぐためにうつむいたりされているせいでしょうか。

「そういうのを期待してアヤ姉は、今日、ここでしよう、って言ったんじゃないの?自分の職場っていう、何て言うか、背徳的なシチュエーション?」
「そうだけれど、まさか社員が残るとは思っていなかったのよ。ふたりだけになれると思って・・・」
「あたしだって心外だわ。本当は、早乙女部長さんの、あのご立派なデスクの上でM字開脚させて、パイパンオマンコをじっくり虐める心積りだったんだもの」
 絵理奈さまのお声もときどきくくぐもるので、おそらく絵理奈さまもお洋服を脱がれているのでしょう。

「それで、ビルの窓から外向かせて、アヤ姉のイキ顔を世間様に晒してもらおうと思っていたのに、とんだ計画倒れ。この部屋、窓がないんだもの」
「でも、まあいいわ。その、なんとかって子が帰ったらフロアに出ましょう、時間はたっぷりあるし。オモチャもたくさん持ってきたの。全部、部長さんがあたしに使ったものだから、それを部長さんに使ったって、文句を言われる筋合いはないわよね?」
「あっ!リナちゃん、ジーンズの下に、それを着てきたの?」
 突然、部長さまのびっくりしたようなお声が響きました。

「そうよ。部長さんたちが丹精込めてお作りになられた、この破廉恥なキャットスーツ。あたしのからだをさんざん撫で回しながら採寸して、あたしのボディラインが丸出しになるように仕立てられた、セクハラみたいなラテックススーツ」
「さすがに来るときはこの上に、Tシャツかぶってきたけどさ。通り歩いているだけで、なんだかムラムラしちゃったわよ」
「おまけに、ご丁寧に、おっぱいと股のとこだけジッパーでパカッと取り外して露出させるなんて、誰がこんな変態仕様を思いついたのよ?」
「それは・・・欧米のボンデージ界隈では普通のことなのよ。ラテックスフェティッシュはアートの世界でも一目置かれていて・・・」

「そんなこと聞いているんじゃないの。アヤ姉は3日後に、あたしにこれを着させて、大勢の人の前に晒すのでしょう?イベントのショーでは、ジッパーも外して、あたしのおっぱいとオマンコを見世物にするのでしょう?」
「ううん。もちろんちゃんとパスティーズと前貼りはするから」
「そういう問題じゃないのっ!」
 苛立ったような絵理奈さまの大きなお声が響き渡りました。

「あたしだってプロだから、一度引き受けた仕事はちゃんとやるわよ。でも今日、アヤ姉が、たかがオフィスでノーパンになったくらいで、恥ずかしいとか言ってるのに、カチンときちゃっただけ。あたしはもっと恥ずかしいのに・・・」
「うん。わかっているわ。ごめんねリナちゃん。だから今日はわたくしに、どんなことをしてもいいから。それでリナちゃんの気が晴れるのなら」
「ふん。アヤ姉のそういうところがニクタラシイのよね。真っ裸でオマンコグショグショにしているクセに、なんか余裕があるところが」
 絵理奈さまの拗ねたような憎まれ口。

「それに、やっぱりアヤ姉のからだって、奇麗過ぎる。おっぱいの形も、お腹もお尻も全部。ズルイくらいに」
 絵理奈さまのお声から、さっきまでの苛立ったご様子はすっかり消え、どことなく甘えているような口調に変わっていました。

「ま、いいか。今日は、その奇麗なからだをめちゃくちゃに辱めてあげるんだから。ほら、ぼーっと立っていないで、そこに四つん這いになって、あたしの脚をキレイに舐めなさい。株式会社イーアンドイーのナンバーツー、早乙女綾音、企画・開発部長さん?」
 パチン、と大きな音がしたのは、部長さまの裸のお尻を、絵理奈さまがぶたれたのでしょう。
「ほら、アヤ姉御自慢の変態衣装のエクスポーズ仕様を外して、あたしのおっぱいとオマンコ晒してあげるから、あたしが満足するまで、しっかり舌でご奉仕するのよっ!」

 ジジーッとジッパーを開けるような音がいくつかした後、またパチンッ!
「ああんっ!」
 紛れもなく、部長さまが淫靡に呻かれるお声。
 私は、もはや限界でした。

 あの理知的で気品と自信に満ち溢れたお美しい早乙女部長さまが、同じフロアの一室で全裸になって、年下の女性に虐められている。
 お相手は、今度のイベントでモデルをされる、これまた華やかでお美しい、私と年齢も変わらない絵理奈さま。
 どうやらおふたりは、おつきあいされているようで、今日はこのオフィスで、おふたりだけで心ゆくまで愛し合うご予定だった。
 前からのお約束だったらしく、昨夜、部長さまは、ご自分で剃毛され、おトイレでノーパンになった。
 私とお話しされているとき、すでに下着を濡らされていた。
 
 そして今、真っ裸の部長さまは、キャットスーツのおっぱいと股間だけを剥き出しにした絵理奈さまの足元に四つん這いでひざまづき、お尻をぶたれながら絵理奈さまをご満足させるため、懸命にご奉仕されている。

 私は、デザインルームの中に入ったことがなかったので、その間取りを具体的に思い浮かべることは出来ませんでした。
 なんとなく、ミシンやトルソーや、パソコン類が雑然と並んだ一室で、絵理奈さまが椅子にお座りになり、部長さまがひざまづいている絵が浮かんでいました。
 そしてその情景は、眩暈がしちゃうくらい蠱惑的でした。

 イヤーフォンからは、ピチャピチャという舌なめずりのような音と、あっ、あっ、と強く弱く響く絵理奈さまらしき悩ましいため息、そして、ときどきパチンと皮膚をたたく音、その直後に部長さまのせつなげな呻き、が、延々とつづいていました。
 絵理奈さまも無駄口は叩かず、部長さまの愛撫に意識を集中されているみたい。
 今すぐにでもここを飛び出してデザインルームのドアを開け、お美しいおふたりの、その淫らな営みを直接見てみたい、という衝動を抑えるのは、並大抵のことではありませんでした。

 いつの間にかパソコンのボリュームアイコンは最大まで上げられ、右耳奥深くイヤホンモニターを挿し直してから右手が右耳を離れ、お腹とジーンズのジッパーフライのあいだに潜り込んでいました。
 
 例のアイドル衣装開発会議以来、私は用心深くなっていました。
 いつなんどき、またフィッティングモデルを唐突に頼まれ、みなさまの前で着替えなくてはならないときが来るかもしれないと思い、ジーンズのときでもノーパンで来ることは、やめていました。

 でも今は、ノーパンであろうがなかろうが、大した問題ではありませんでした。
 右手が潜り込んだ股間のショーツは、すでにグショグショでした。
 知らぬ間にオシッコをお漏らししちゃったのではないか、と思うくらい、ジーンズの表布にまで滲み出しちゃうくらい、ビショビショに濡れそぼっていました。
 ショーツの薄い生地なんて、濡れてしまえばあってもなくても同じようなもの。
 紐状になって何の役にも立たず、指先はすんなり、生身のマゾマンコに到達していました。

 ブラウスも、なぜだかおへそ近くまでボタンが外れ、ハーフカップのブラジャーが下にずり下がって、両乳首とも精一杯、宙空を突いていました。
 もはやオナニーする気マンマン、しないでいられるワケがありません。
 オフィス内で、チーフに断りもなくオナニーまでしちゃおうと思ったのは、そのときが初めてでした。
 早乙女部長さまだって今、神聖なオフィスで裸になって、アンアン喘いでいらっしゃるのだから・・・
 それが私のチーフ、いえお姉さまに対する言い訳でした。

「あーーっ、いいっ、いいっ!いいっっーーーーー!!!」
 一際甲高い絵理奈さまの嬌声が、イヤーフォンスピーカーを通って両耳の鼓膜を震わせ、しばらくは荒い吐息と、何かガサゴソする音。
 束の間の休息。
 私も自分を慰める指を止め、しばしイヤーフォンからの音に耳を澄ませました。

「ふう・・・ちょっとスッキリしたから、今度はアヤ姉の番ね。その机に上がってみて」
 ガタガタという音。
「あーあ。床がビショビショ。アヤ姉がひざまづいていたところもトロトロじゃない?あたしの舐めていただけなのに、そんなに感じちゃった?」
 俄然イジワルそうな口調になった絵理奈さまのお声。

「違う!腰掛けるのではなくて、上がっちゃうの。お尻を奥に滑らせて、両脚はもちろんM字開脚よ」
 またパチンという音。
 絵理奈さま、鞭か何かお持ちなのかしら。

「ここって、誰の机?ずいぶんキレイに整頓されていて好都合だわ。部長さんのお尻を乗っけても、まだぜんぜん余裕がある」
「ここは、パタンナーのリンコ・・・」
「ああ、あのオタクコンビの貧乳で、なれなれしいほうね。でも、あの子って確かにデザインセンスあるわよね。顔も猫みたいで可愛らしいし」
 ずいぶんなおっしゃりようですが、そのエスっぽい冷たく棘のある物言いに、私のマゾ性がビンビン反応しました。

「ふふん。いい眺めだわ。手始めにまず自分で、広げてもらおうかな、その熟した黒薔薇パイパンオマンコを」
「こ、こう?」
「もっとめいっぱい。うわーっ、濁ったスケベ汁がダラダラ垂れてくる。もう本気モードなの?あとでちゃんと拭いておかないと、リンコさんに怒られるわよ?」

 絵理奈さまのお下品なお声にゾクゾク感じながら、ピンとひらめきました。
 そうだ、私も絵理奈さまに虐めていただこう。
 どうやらこれから部長さまにいろいろされるみたいだから、私もそのお言葉通りに従って、部長さまと一緒に辱めてもらおう。
 絵理奈さま、エス属性、強いみたいだし。

 我ながら良いアイデアだと、大急ぎでショーツもろともジーンズを脱ぎ捨て、まず下半身だけ裸になりました。
 おふたりの会話を一言も聞き漏らしたくないので、イヤーフォンが外れないように慎重に腕とからだを伸ばし、壁に掛かったチーフのピンクの乗馬鞭をどうにか手に取りました。
 絵理奈さまも鞭を手にされているようでしたから、必要だと思ったのです。

 それからちょっと考えて、やっぱり部長さまと同じ姿にならなくちゃと思い直し、ブラウスとブラジャーも脱ぎ捨てました。
 チーフのお許し無しに、オフィスで全裸になるのも初めてでした。
 アイドル衣装開発会議のときに、それに近い格好までにはなりましたが。
 
 見慣れた社長室で、勤務中にひそかに全裸になったことで、喩えようのない背徳感がジワジワッと背筋を駆け上がってきました。
 きっと普段、凛として気品溢れる部長さまも、ご自分の職場で裸にされて私と同じような気持ちになり、その感情を性的な快感として愉しんでいらっしゃるんだ。
 そう考えると、ある種、畏怖の念さえ抱いていた早乙女部長さまという存在が、身近なところまで降りてこられたような気持ちにもなりました。

 私の目の前にあるデスクにはデスクトップパソコンとモニターが乗って狭いですし、そのパソコンに繋がったイヤーフォンもしている状態なので、デスクの上に乗ることは出来ません。
 自分のデスクだと、イヤーフォンが届きそうもないし。
 
 仕方ないので、椅子に座ったまま両脚を引き上げてM字になりました。
 鞭はデスクの上に置き、絵理奈さまのお声が聞こえてくる方向、すなわち真っ暗なパソコンモニター画面に向き合って、絵理奈さまのご命令通り、両手で自分のマゾマンコを押し広げました。

 首には、今やオフィス内ですっかり私のトレードマークとなってしまった、マゾの証であるチョーカー。
 今日のは、首輪風エンジ色ので、これはシーナさまからいただいたもの。
 
 それ以外は全裸の私が、窮屈な椅子の上で両膝を立てて広げ、自らの性器を自らの両手で押し広げている浅ましい姿が、真っ暗なモニターに暗く、それでもハッキリと映っていました。
 乳首は、見ているほうが痛々しく感じるほどに尖りきり、広げた性器の穴からはドロドロと、粘性の液体が腿をつたい、茶色いビニールレザーの椅子の上に滴り落ちていました。
 
 部長さまも今、絵理奈さまの目前で、こんなお姿を晒されているんだ・・・

「ほら、もっと後ろにのけぞって、お尻の穴もあたしに見えるようにしなさい」
「はい・・・」
 
 早乙女部長さまの消え入りそうなお声にワンテンポ遅れて、私も小さく、はい、とお答えし、椅子の上でグイッと背中をのけぞらせました。
 真っ暗モニターに、私のお尻の穴まで映り込むように。


オートクチュールのはずなのに 36


2016年1月24日

オートクチュールのはずなのに 34

「あら。面白そうなものが映っているじゃない?」
 イベントまであと3日と差し迫った、その日の社長室。
 午前11時過ぎにリンコさまとミサさまが息抜きに訪ねてこられ、お部屋に入るなりパソコンのモニターに映し出された監視カメラの映像に気づかれたミサさまの一言です。

「たまほのがここを担当していた頃にも、こんな画面を見たことがあったな。たまほのに聞いたの?これ」
「あ、いえ。パソコン弄っていて偶然みつけて。あ、でも、ほのかさんに使っていいか、ご相談はしました」

「ふーん。そこの真っ暗な部分はアタシらの部屋なんだよね。アタシらはぜんぜん映されても構わないんだけどな。別に中でコソコソサボってるワケじゃないし」
「ほのかさんによると、来社されて中で着替えられるモデルさんのプライバシーにご配慮されたとか」
「うん。アヤ部長の方針でね。わざわざ外すのもめんどいから、カメラのレンズを黒い布で覆っただけだけど。ちょうど2年前くらいだったかな」
 思い思いの場所に腰を落ち着け、リラックスされたご様子でくつろがれるリンコさまとミサさま。

「でも、見ていてそんなに面白いものでもないでしょう?映っている場所、ずっと同じでしょ?それも見知ったオフィス内なんだし」
「確かにそうですね。でも、ドアのお外の通路が映るカメラだけは、重宝しています。ご来客さまがいらしたのが事前にわかるので。予定がある日は、そのカメラをメインにしています」
 
 そうお答えして、玄関先のカメラ画面だけに切り替えました。
「なるほどね。ナオっちはお茶とかの用意もしなくちゃだしね」
 うなずかれたリンコさまは、それきりモニター画面へのご興味は失われたようでした。

「アタシら今日は、早上がりしていいんだって。イベント準備でやるべき仕事はもうほとんど終わっているから。アヤ部長さまさまからの粋な計らいね」
 リンコさまが持参されたスナックお菓子を私にも勧めてくださいました。
 細長いプレッツェルにチョコレートがコーティングされた有名なお菓子。

「アヤ女史が来たら最終の打ち合わせしてお役御免。まあ、明日はアトリエでゲネプロだから、またコキ使われるんだけどね」
 ウサギさんが野菜スティックを食べるみたいに、前歯だけをしきりに動かしてお菓子をポリポリ齧るリンコさまがとても可愛らしいです。

「明日ゲネプロ、明後日は会場の設営、そんで当日本番。イベント前の雰囲気って浮き足立ってワクワクするよね。学生時代の文化祭前みたい」
 リンコさまのお言葉にミサさまもコクコクうなずいています。
「ボクら、今日の午後は、池袋と秋葉原を満喫してくるんだ」
 ピンクの乗馬鞭をヒュンヒュン振りながら、ミサさまが嬉しそうにおっしゃいました。

 ミサさまは、このお部屋に飾ってある、チーフのフランス製乗馬鞭がたいそうお気に入りのご様子で、ここにいらっしゃると必ず手に取り、もてあそびながらおしゃべりされます。
 ミサさまが乗馬鞭を振るたびに、豊かなお胸も一緒にブルンブルン。

「アタシら、先週もらった休みは、夏コミに向けてのコスプレ衣装の構想に費やしちゃったのよ。前半は、死んだようにひたすら寝てたし」
「だから、街にくりだしてアニメショップめぐりはすごい久しぶり。絶対ハンパなく散財しちゃいそうな予感」
 リンコさまが、ワクワクを抑えきれない表情でおっしゃいました。

「直子も、何か探しものあれば、みつけてきてあげる」
 ミサさまの乗馬鞭のベロが、私のジーンズの太腿を軽くペチペチ叩いてきます。
 うーん、何かあったかな・・・
 それからひとしきり、アニメの話題に花が咲きました。

「そう言えば私・・・」
 何が、そう言えばなのか、自分でも分からないのですが、ふと思いついたことを口にしていました。
「今度のイベントのショーで、どんなお洋服がご披露されるのか、まったく知らないんです」
「ああ。ナオっちは、ずっと決算の仕事だったものね」
 リンコさまがすかさず、うなずいてくださいました。

「だけど、今まで知らないでいられたのなら、いっそ当日まで一切情報を入れないことをお勧めするわ。そのほうが絶対、びっくり出来るから」
 イタズラっぽいお顔になるリンコさまとミサさま。

「明日のアトリエでのゲネプロも、ナオっちはお留守番なのでしょう?」
「はい。ほのかさんとふたりで電話番です。ほのかさんは明日のお昼頃、出張からお戻りになるご予定で」
「そっか。そこまで情報が遮断されているなら、明日上がってくるパンフも敢えて見ないほうがいい。全部当日のお愉しみにしとけば、アタシらの何倍も楽しめると思うわ」
 それからリンコさまが、今回のイベントについての社内的な変遷を、簡単に説明してくださいました。

「今年のテーマは、エレガント・アンド・エクスポーズ。そのテーマに負けないだけの仰天アイテム揃いよ」
「うちの会社名のダブルイーにちなんで、毎年このイベントのテーマは頭文字Eで統一するのね。具体的には、エレガント・アンドなんとか」
「最初の年は、社名と同じエレガント・アンド・エロティック。次の年は、エンヴィ。イーエヌヴィワイ。羨望、みたいな意味ね」

「それで3回目の去年は、エレガント・アンド・エンバラスっていうテーマで、一歩踏み込んだキワドめのアイテムを投入してみたのね。エンバラスってわかる?」
「えっ?あのえっと・・・」
「イーエムビーエーアールアールエーエスエス。当惑、とか、恥ずかしい、っていう意味ね」
「それで、肌色多めになるローライズとかシースルーみたいなイロっぽいアイテムを多めに投入したら大好評だったの。それで今年は、更にもう一歩、踏み出しちゃったワケ」

「エクスポーズは、わかるよね?さらけ出す、とか、暴く、とか。まあ、えっちな意味での、露出、ってことね」
 ノーブラのリンコさまのお口から艶っぽく、露出、というお言葉が聞こえたとき、まるで私の性癖をを見透かされたかのように感じて、心臓がドキンと大きく跳ね上がりました。

「・・・そんなに、凄いのですか?」
「うん。企画して作ったアタシらがこんなことを言ったらアレだけど、着ているほうより見ているほうがいたたまれなくなっちゃうようなキワドイのが何点もある」

「そういう意味では、今回、モデルをしてくれる絵理奈って子も凄い。よくこんな仕事、引き受けたなー、って」
「あれを着て澄ましていられる、そのプロフェッショナルぶりには感心した。ちょっとタカビーなところが鼻についたけど、その点にだけは素直に脱帽」
「タカビーってリンコ、それ死語」
 ミサさまがポツンとおっしゃり、三人でうふふ。

「そういうことで、ナオっちは当日まで情報遮断して、愉しみに待っているといいわ。絶対驚くから。ナオっちのリアクションが今から楽しみ」
 リンコさまとミサさまが意味ありげに見つめあった後、リンコさまは、私にイタズラっぽくウインクされ、ミサさまはまた、私の太腿を乗馬鞭で軽くペチペチ叩かれました。

「あっ!アヤ姉、来たみたい。アタシら戻るね」
 モニターに映った通路の映像に目ざとく早乙女部長さまのお姿をみつけたリンコさまがおっしゃり、お菓子を置き去りに素早くおふたりとも社長室を飛び出していきました。

 出社された部長さまと小一時間くらい打ち合わせされた後、リンコさまとミサさまは笑顔で退社。
 そのあいだにお弁当を済ませた私は、社長室でチーフのドキュメントフォルダーの中味を眺めていました。
 
 今日は、この後ご来客の予定も無く、チーフ、間宮部長さま、ほのかさまは出張中で明日のお戻り。
 オフィス内には私と早乙女部長さまだけ。
 かかってきたお電話を部長さまにお繋ぎする以外、これといったお仕事も無く、なんとも手持ち無沙汰でした。

 そろそろ3時になろうとする頃、内線が鳴り、部長さまに呼び出されました。
「森下さん、決算書類一式はすでに、すべて先生にお送りしたのよね?」
「はい。先週末にすべて終わりました」
「ご苦労様。それなら今日は早めに上がってください。明々後日のイベントに向けて、ゆっくりからだを休めるといいわ」

 繊細な白レースでシースルー気味のシックなブラウスを召された部長さまが、私を見ながらおやさしく微笑まれました。
 肩と胸元が程よく抜けて白いブラのストラップが微妙に透けているそのお姿が、いつもよりいっそう艶やかに感じられたのは、私の気のせいだったのでしょうか。

「お気遣いありがとうございます。だけど私、まだ帰れないのです」
 私が恐縮しつつお答えすると、部長さまは一瞬、意表を突かれたようなご表情をされました。
 間単に言えば、えっ!?っていうご表情。
 それからちょっと宙空を見上げ、何か考えるようなそぶりをされた後、落ち着いたお声で尋ねられました。

「帰れない、とは?」
「あ、はい。あの、今日中に税理士の先生から、お電話をいただくことになっているのです。先日お送りした決算書類に関する最終確認ということで」

「ああ、そういうこと」
「はい。書類を吟味してご不明な点をまとめてご質問いただけるということで。もしも何か不足している数字があったら、それを追加したり・・・イベント前に片付けておいたほうが、あなたも気が楽でしょう、って先生がおっしゃってくださって」
「わかったわ。それは席を外すわけにはいかないわね。わたくしでは細かいところまでは答えられないでしょうし」
 部長さまが再び、何かを考えるように両目を閉じられました。

「それで、いつ電話がかかってくるかは、わからないのよね?」
「はい。遅くとも夜の7時頃までには、としか」
「そう。わかりました。お忙しい先生ですからね。それでは森下さんは、その仕事が終わるまでここにいてください」
 部長さまの口調が、なぜだかご自身に言い聞かせているみたいな、覚悟を決めた、みたいなニュアンスに聞こえました。

「はい。せっかくのお心遣いをお受け出来なくて、申し訳ございません・・・」
「何言ってるの?仕事が一番大事だし、その仕事は我が社にとってもとても重要な案件よ。先生としっかり打ち合わせしてください」
「はいっ」
 一礼して社長室に戻ろうとすると、背後から部長さまに呼び止められました。

「あ、それでね、森下さん」
「あ、はい」
 振り向くと部長さまが、何か思いつめたようなお顔で、まっすぐに私を見つめていました。
 大急ぎでデスクの前に戻りました。

「このあと、そうね、たぶん4時ごろまでに絵理奈さんが来社することになっているの。絵理奈さん、わかるわよね?」
「はい。今度のイベントのモデルをやってくださるという、お綺麗な・・・」
「そう。明日アトリエで通しリハーサルだから、その前の大事な最終打ち合わせをすることになっているの」
「はい」

「彼女が来ても、お茶とかは出さなくていいから。わたくしたちはすぐに、デザインルームに入ってしまうから」
「はい」
「それで、わたくしたちがデザインルームに入ったら、もうわたくし宛ての電話は取り次がなくていいわ。不在と言って、お名前とご用件だけ承って、わたくしのデスクの上にメモを残しておいてくれればいいから」
「はい。わかりました」
 部長さまは、時折宙を見つめて、ひとつひとつ念を押すように、丁寧にご指示くださいました。

「それで、森下さんは先生との用件が終り次第、そのまま帰っていいわ。わたくしたちに声をかけなくていいから。社長室だけきっちり片付けていってください」
「はい」
「たぶんわたくしたちのほうが遅くなると思うから、戸締りはわたくしがやっておきます」
「わかりました」
「では、絵理奈さんがいらっしゃったら内線で伝えるから、その後は今言った通りにしてちょうだい」
「はい。わかりました」

 部長さま、なんだか今日はご様子が違うな。
 社長室に戻り、モニター画面を四分割に戻してから、椅子に座って考えました。
 いつものように自信たっぷりの優雅さも残ってはいるものの、なんだかソワソワしていらっしゃると言うか。
 モニターの右上には、どこかへお電話されている部長さまの後頭部が映っていました。
 お電話を終えられるとお席をお立ちになり、そそくさとドアのほうへ向かわれました。

 あれ?
 部長さまのスカート、いつもより短い。
 いつも絶対膝丈以上なのに、今日は太腿が10センチくらい見えていました。
 お話しているときはずっと、部長さまが座ったままでしたので、今まで気がつきませんでした。
 
 ベージュのストッキングに覆われてピカピカ輝くお奇麗過ぎるスラッとしたおみあしが、モニター越しにもわかりました。
 ドアをお出になった部長さまを追ってモニターの左上に目を移すと、向かわれた方向から、どうやらおトイレっぽい。
 
 やっぱり早乙女部長って、お綺麗だなー。
 そのときは、それ以上深くは考えず、のんきにそんなことを思っていました。

 5分くらいして、部長さまが戻られました。
 そのときの映像を見て、再び、あれ?
 太腿の光沢が消えていました。
 ストッキングを脱がれた?
 解像度の粗い監視カメラの映像ですから、確かなことはわかりませんが、そう見えました。
 でも、なぜ?

 そうしているうちに今度は、左上の映像に見覚えのある大きなサングラスのお顔が見えました。
 絵理奈さまでした。

 いつもファッション誌のグラビアから抜け出してきたような華やかな装いで来社されていたのですが、今日はずいぶん地味めなお姿でした。
 両袖をむしり取ったようなラフなジージャンにインナーは柄物のTシャツかな?
 ボトムは、スリムなダメージジーンズにミュール。
 
 それでも、タレントさんぽさを隠せない特徴あるサングラスと、いつも引いていらっしゃるブランド物のカートで一目瞭然でした。
 絵理奈さまは、インターフォンも押さず無言でドアを開け、いきなりオフィスに入ってこられました。
 ガタンとお席から立ち上がる部長さま。

 その後の光景が信じられませんでした。
 歩み寄ったおふたりが、互いに両腕を広げギューッとハグ。
 それも、部長さまのほうが力が入っているみたいに見えました。
 部長さまのほうが背が高いですから、絵理奈さまが包み込まれている感じ。
 天井からのカメラなのでよくはわかりませんが、おふたりの髪の毛が絡み合うようにくっついていたので、ひょっとしたらキスを交わされていたかもしれません。

 えっ?えっ?えーっ???
 ひとしきり呆気に取られた後、今すぐメインフロアに飛び出して、実際のところを自分の目で確かめてみたくてたまらなくなりました。
 同時に早乙女部長さまが、この監視カメラの存在をすっかりお忘れになられていることも確信しました。
 だって憶えていれば、私が社長室にいることを知っていながらあんなこと、絶対に出来るはずないですもの。
 
 両目でモニターを食い入るように凝視したまま、そこまで考えて思考停止に陥いりました。
 モニターの中の絵面が何を顕わしているのか、理解出来なくなっていました。
 立ちくらみみたいなものを感じて、咄嗟に両目をギュッとつむりました。
 突然、甲高く内線を告げる呼び出し音が鳴り響きました。
 モニターの中では、すでにおふたりのからだは離れていました。

 内線の音に驚き過ぎて本当にキャッと一声鳴いてから、あわてて受話器を取りました。
「森下さん?絵理奈さんがいらっしゃいました。打ち合わせを始めますので、さっき説明した通りにお願いね」
 努めて冷静を装うような、落ち着いた中にもどこか上ずったような、部長さまのお声。

「は、はい。かしこまりましたっ!」
 ドキドキが収まらず、掠れ気味な声を振り絞り、妙にバカ丁寧な応答をしてしまう私。
 すぐに電話は切れ、ツーツーツーという音だけになりました。
 モニターには、部長さまが受話器を戻し、絵理奈さまに何か耳打ちされてから、寄り添うようにデザインルームへと向かうお姿が映し出されていました。

 部長さまと絵理奈さまって、そういうご関係だったの?
 この後、デザインルームで一体何が行なわれるのだろう・・・
 私は、好奇心の塊と化していました。

 モニターには、デザインルームのドアを開き、中へと消える絵理奈さまの後姿が、画面の端っこに辛うじて映っていました。
 でも、それもすぐに消え、ドアが閉じられました。
 ああん、デザインルームの中は見ることが出来ないんだ・・・
 部長さまがご提案されたという、カメラの目隠しを心底怨みました。

 ん?ちょっと待って。
 目隠し?
 そのとき、パッと光明が見えました。
 確かリンコさまは、カメラは外していない、とおっしゃっていたっけ。

 すぐに机の抽斗から、お仕事中に好きな音楽を聴くためにこっそり使っていたイヤーフォンを取り出し、パソコンのイヤーフォン端子に挿しました。
 それを両耳に詰めてからモニター画面を真っ暗闇に合わせ、コントロールパネルのヴォリュームアイコンを上げていきます。
 
 ザザザ、ガサガサ、ゴソゴソ、ザザザ、ガサゴソ・・・
 衣擦れのような物音がハッキリと聞こえてきました。
 やっぱり。
 カメラに付いているマイクが、音だけは拾っているのです。
 場面を見ることは出来ないけれど、音なら聞こえる。

 モニターいっぱいに大映しとなった真っ暗画面に、イヤーフォンを突っ込んだ両耳に両手をあてがい、縮こまるようにして固唾を呑んでいる、自分の浅ましい顔が映っていました。
 これって、立派な盗聴行為、盗み聞き、プライバシーの侵害。
 わかってはいるのですが、溢れ出る好奇心を抑えることは出来ませんでした。

 しばらくガサゴソ音がつづいた後、ふいに明瞭なお声が聞こえてきました。
「ほら、早く見せてよ。ちゃんと約束通りにしているのか、確認するから」
 
 最初に聞こえてきたのは、早乙女部長さまではないお声でした。


オートクチュールのはずなのに 35


2016年1月17日

オートクチュールのはずなのに 33

 6月に入ると、5月末ですべての数字が出揃った期末決算書類の最終チェックに追われる日々が始まりました。
 遅くとも2週間以内に、税理士の先生に数字一式をお渡しすることになっていたので、毎日遅くまでパソコンとにらめっこ。
 その作業では、すべて社長室にあるデスクトップパソコンを使うため、社長室にこもりっきりの孤独な日々がつづきました。

 その日の私の服装は、白無地のスタンドカラーブラウスにモスグリーンのハイウエストなフレアスカート。
 我ながらシックな感じにコーディネート出来たと、気に入っていました。
 そして首には、黒いレザーで細めなベルト型チョーカー。
 もちろん、お姉さま、いえ、チーフからプレゼントしていただいたものでした。

 あのアイドル衣装開発会議のご褒美として早乙女部長さまからチョーカーをいただいて以来、ずっと私は、チョーカーを着けて出社していました。
 チーフとのお約束、私がムラムラ期なときはチョーカーを着けるという、ふたりだけの秘密のサイン、を守るために。

 アイドル衣装開発会議の翌朝、チョーカーを着けてお日様の下、初めてひとりだけで外出するときは、すっごくドキドキしました。
 部長さまやリンコさまから、ファッション的に似合っている、とお墨付きはいただいていたものの、私にとってチョーカーとは、マゾの首輪、以外の意味を考えることが出来ない、特別なアクセサリーでしたから。
 チョーカーを着けて人前に出るということは、見知らぬ人たちに、私はマゾです、と自己紹介しているのと同じことでした。

 前夜の激しい夜更かしオナニーにも関わらず早起きし、鏡の前で悩みました。
 なるべくファッショナブルに、と言うか、オシャレの一環として身に着けているように見えるよう工夫して、ガーリーな雰囲気の襟ぐり広めなフラワーモチーフのワンピースと合わせて出かけました。

 お家からオフィスまで徒歩で10分弱。
 そのあいだ、さまざまな人とすれ違ったり追い越されたり。
 その人たちの視線がすべて、私の首に集中しているように思えました。

 あの女、朝っぱらから首輪なんかして人前に出て、OLみたいだけれど、つまりそういう種類の女なんだ、と道行くみなさまに思われているんだ・・・
 そんな妄想で、人知れずマゾマンコをキュンキュン窄めていました。
 
 でもたぶん、それは自意識過剰。
 ほとんどの人たちは、チョーカーはおろか私自身にさえ目もくれず、お勤めに急いでいたと思います。
 いずれにしても、自分のマゾ性を大っぴらに目に見える形にして人前に出るという行為に、恥ずかしいという気持ちと表裏一体の自虐的な心地良さを感じ、本当の自分をさらけ出しているという、ある種の爽快感をも感じていたことは事実でした。

「今日も着けて来たのね。ずいぶん気に入ってもらえたみたいで嬉しいわ」
 オフィスでは、部長さまを筆頭にみなさま普通に、私のチョーカー姿を受け入れてくださいました。
 リンコさまは、そんなに気に入ったのなら、と、今までコスプレ衣装で作ったチョーカーで私に似合いそうなのをプレゼントしてくださる、とまでおっしゃってくださいました。

 その翌日。
 出張からお戻りになったチーフは、お約束通り、お土産としてチョーカーをくださいました。
 幅1センチちょっとくらいのレザーベルトにこまかくバックルとホールがゴールドの金具で細工された、ワンちゃんの首輪っぽいけれど、ゴージャスでとてもオシャレなチョーカー。
 赤、白、黒の色違いを一本づつ、合計三本も。
 赤のにはハート型、白のには涙方、黒のには星型の小さなゴールドチャームが正面に吊るされていました。

「神戸のセレクトショップでみつけたの。店長さんがモデルと見紛うような奇麗なフランス女性で、扱っているアイテムもすごくチャーミングな品揃えだった」
「三色あれば服装に合わせたコーデもラクでしょう?直子のムラムラ期は長引く傾向があるからね、ずっと同じじゃ可哀相だと思ってさ」
 社長室でふたりきり、ヒソヒソ声でからかうように、そうおっしゃいました。

 シーナさま、部長さま、チーフ、そしてリンコさまからと、私のチョーカーコレクションが一気に充実して、朝のチョーカー選びが楽しくなりました。
 このお洋服だったら、どのチョーカーを合わせようか・・・
 毎日の生活の中で、チョーカーを着けている自分が普通となり、チョーカーを着けていない自分が物足りなくなっていました。

 だけど、チョーカーを着けて出社するということは、私がムラムラしているということをチーフにお知らせする、というサインでもありました。
 ということは、いつもチョーカーを着けていたいなら、いつもムラムラしていなければなりません。

 そのことについては自信がありました。
 だって、私にとってチョーカーは、いつまでも変わらずマゾの首輪で、マゾな私は、いつだってチーフ、つまり最愛のお姉さまに虐めて欲しい、と願っているのですから。
 
 チーフに逢えそうな日は、必ずチーフからプレゼントされたチョーカーを、それ以外の日はコーディネートを考えてコレクションから選ぶようにして、チョーカーは、私にとって欠かせない、毎日身に着けるファッションアクセサリーとなりました。

 そんなふうにして日々は過ぎ、決算書類の提出にも目処が付いた6月第2週の半ば。
 私は、白無地のスタンドカラーブラウスにモスグリーンのハイウエストなフレアスカート、黒のレザーベルトチョーカー姿で社長室にこもっていました。
 翌週末のイベントに向けての準備もほとんど整ったようで、その日はご来客も無く、オフィス内は束の間、平穏な雰囲気に包まれていました。

 開発のリンコさまとミサさまは、それまでのハードスケジュールから開放されて今週末まで一週間のお休み。
 チーフと営業のおふたかたは、相変わらずの外回りでおられず、オフィスには早乙女部長さまと私だけ。
 その部長さまもおヒマらしく、たまのお電話以外は、デスクで読書などをされていました。
 オフィスにはモーツアルトのピアノ協奏曲が、ゆったりと低く流れていました。

 私も決算のお仕事がやっと片付き、今日は早く帰れそうだな、なんて思いながら社長室のデスクトップパソコンをいたずらしていました。
 チーフのドキュメントフォルダーには、ネットから落としたらしきファッション関係の画像やショーの動画がたくさん入っていて、それらを眺めていました。

「この部屋にあるものは、鍵がかかっているところ以外、何をどうしても、どこをあさっても構わないわよ。見られたら困るようなモノは何も無いから」
 入社早々チーフがそうおっしゃっていたので、気兼ねする必要はありません。
 チーフが集めた画像や動画はセンスが良く、どれもエレガントで、中にはかなりエロティックなものも含まれていて、しばらく夢中で見ているうちに、どんどん時間が流れていきました。

 ひとつのフォルダーを見終わり、次のフォルダーへ、というタイミングで不意に電話が鳴り、ドキンと驚いてからあたふたしつつあわててマウスから手を離して受話器を掴みました。
 ふと時計を見ると、夕方の5時近く。
 部長さまへのお電話だったのでお繋ぎし、一息ついてあらためてパソコンの画面に向き直ったら、見たこともない画面になっていました。
 どうやらあわてた拍子に、知らずに何かクリックしてしまったみたい。

 大きなモニター画面が長方形に四分割されて、それぞれに違う画像が映っています。
 左上は、どこかの通路みたいな場所。
 右上は、どこかのオフィスみたいな場所。
 左下は、どこかの会議室みたいな場所。
 どれも天井から映したような、少し粗めの画像。
 そして右下だけ、真っ黒。
 画面の右端には、テレビのリモコンみたいな配置のコントロールパネルらしき画像のイラストが縦に通っていました。

 一見して、守衛室やエレベーターなどでよく見る、監視カメラからのモニター画像みたいでした。
 それにしても、どこの?
 と、思ったとき、ハッと気づきました。
 右上のオフィスのような画面の上のほうに、早乙女部長さまがお電話されているご様子が頭頂部から映っていました。
 ということはつまり、この画像は、このオフィス内?

 試しに各画面の上をクリックしてみると、その画面ひとつだけがモニターいっぱいにズーム出来るようでした。
 左上は、オフィスのドアの向こう側、すなわち、入口前の廊下の様子を、右上は、さっきの通りオフィスのメインフロアを、左下は、今は無人な応接室の様子を映し出していました。
 
 メインフロアを大きく映して、右側のパネルのスピーカーマークのフェーダーを上げると、パソコンのスピーカーからモーツアルトのピアノ曲とともに、部長さまがお電話されているお声も小さく聞こえてきました。
 
 これは画像ではなく、映像なんだ。
 それもライブで、リアルタイムの。
 つまり、監視カメラ。

 へー。
 このオフィスに、こんな仕掛けがあったんだ・・・
 画面を四分割に戻すと、音は聞こえなくなりました。
 四分割の左上では、部長さまがお電話を終え、読書にお戻りになっていました。

 無音の画面をじっと眺めていると、なんだかドキドキしてきました。
 後ろめたさと言うか、してはいけないことをしている感じ。
 盗聴、ではなくて、こういうのは何と言うのでしょう。
 覗き見?盗み見?盗撮?撮影はしていないから盗視?
 とにかく、何かこう背徳的な、罪悪感を感じる行為。
 見慣れたオフィスで、唯一映っている人物である部長さまだって、ただ普通に読書されているだけなのに、何かコソコソ、見てはいけないようなものを見ちゃっているような、後ろめたい感覚。

 チーフはやっぱり、他のスタッフのみなさまがサボっていないか監視するために、こんな装置を付けたのかしら?
 ああ見えて、あまり他のかたたちを信用されていらっしゃらないのかな?
 他のかたたちはこのことを、ご存知なのかしら?
 そんなことをとりとめなく考えていると突然、再び電話の呼び出し音が鳴り響きました。

 ギクッ!
 状況が状況でしたので飛び跳ねるほど驚き、焦って受話器を掴みました。
「お先に失礼させていただくわ。森下さんも適当に切り上げてお帰りなさい。戸締りよろしくね」
 お電話は内線で、部長さまからでした。
「は、はい。お疲れさまでした」
 ドキドキしつつお返事をして、モニターをメインフロアに切り替えました。
 受話器を置いた部長さまがスッと立ち上がり、更衣室のほうへ消えていくのが映っていました。

 部長さまが退社されたのを確認してからメインフロアに出て、カメラが設置されていそうな場所を確かめようと天井を見上げましたが、確かな場所はわかりませんでした。
 応接ルームも同様でした。
 たぶん、照明器具に紛れて付いているのだと思います。
 監視カメラのアプリケーションが、チーフのドキュメントフォルダーの中のCAMERAというフォルダーに入っているのを確認して、その日は私も早めに帰宅しました。

 その翌日。
 社長室に入りデスクトップパソコンを起動させ、カメラも起動させるかどうか迷っていると、軽いノックにつづいてドアが開き、ほのかさまがお顔をお見せになりました。

「おはよう。決算は終わりそう?たてこんでいるようなら、お手伝い出来ると思って。わたし、今日はヒマだから」
「あ、おはようございます。おかげさまで決算関係は昨日で終わりました。あとは先生にお送りするだけです」
「そう。よかった。ご苦労様。わたしも去年は、他の人たちがイベントの準備でてんてこ舞いの中、そのパソコンにつきっきりだったっけ」
 懐かしそうにデスクトップパソコンに近づくほのかさま。

「オフィスにわたししかいないとき、ここにこもっていると不意のご来客に対応出来ないから、画面の裏に監視カメラの映像を常駐させて、チラチラ見ながらの計算だったから、かえって落ち着かなかったなー」
 お顔を少し上に向けて、遠い日を思い出すようにおっしゃるほのかさま。
「へっ?!」
 思わずヘンな声をあげてしまいました。

「ほのかさん、あのカメラのこと、ご存知なのですか?」
「えっ?って、もちろんよ。これのことでしょう?」
 手馴れた手つきでフォルダーを開いていき、モニター画面にあの映像が広がりました。

「あの、実は私、昨日このパソコンをいたずらしていて偶然みつけてしまって、びっくりしちゃったのですけれど・・・」
「あら?チーフ、教えてくださらなかったの?なんでも、このオフィスを始めたときに取り付けたものだそうよ。早乙女部長の発案で」

「えっ?部長さまの?」
「そう。オフィスを起ち上げたとき、チーフと部長たち3人だけが正式な社員で、あとは各個人のお知り合いの人たちに臨時でお手伝いをしてもらっていたそうなの。そのお知り合いのお知り合いとかね」
 
 ほのかさまがマウスから手を離し、私に向き直ってお話してくださいました。
 モニターの四分割画面の片隅には、応接ルームで差し向かいになりお話されている部長さまとお客様の横顔が、斜め上からの映像で、比較的鮮明に映し出されていました。
 
「それで、チーフと部長おふたりの気心は知れているけれど、そのお知り合いとか、お知り合いのお知り合いとかだと、つまりはよく知らない人でしょう?」
「首脳陣がオフィスに誰もいなくて、その人たちだけに任せるようなこともあったから、最低限の防犯のために導入することにしたのだそうよ」

「最初のうちはチーフも面白がって毎日起動していたのだけれど、お手伝いしてくれた人たちもみんないい人たちばかりで、結局、そのカメラが活躍するような事件も、幸い何もおきなくて」
「そのうち飽きて、まったく起動しなくなった、っておっしゃっていたわ」
「へー。そういういきさつがあったのですか」

「わたしが去年、決算のお仕事を担当したときに、ここにこもってしまうとご来客の対応が出来ない、ってチーフにご相談したら、そう言えばこんな装置があった、ってやっと思い出されたくらいだもの。完全に忘れちゃっていたみたい」
「ということは、スタッフのみなさまは全員、カメラのことをご存知なのですね?」

「うん。その右下の黒いところは、デザインルームのカメラなの。数年前に早乙女部長がスカウトしてきたリンコさんとミサさんが入社して、しばらくはそこのカメラも生きていたのだけれど」
「ほら、あの中ではフィッティングとかで、モデルさんが裸になって着替えられたりされるでしょう?だからちょっとマズイんじゃないか、という話になったのですって。モデルさんのプライバシー的に」
「それでデザインルームのカメラには目隠ししたの。だからそこだけ真っ黒」
 ほのかさまが、さも可笑しそうに微笑まれました。

「だから、スタッフで監視カメラのことを知らない人は誰もいないの。チーフみたいに部長たちも、もう忘れてしまっていらっしゃるかもしれないけれど」
「それなら、私がここにこもるときは、このカメラ映像をつけっぱなしにしておいても、いいのでしょうか?」
「良いのではなくて?それで直子さんのお仕事が捗るのであれば。せっかくあるのだし」
「そうですよね」
 ほのかさまのご説明で、得体の知れない後ろめたさがずいぶんやわらぎました。

 それから私は、社長室にいるときはいつも、そのカメラの画面をモニターに映すことにしました。
 確かに、ご来客があればチャイムが鳴る前にどなたかすぐわかるし、部長さまが席を外されているときにお電話が来ても的確にご対応出来て、私のお仕事的に便利なものでした。
 ご来客さまとお話をされているほのかさまや早乙女部長さまをモニターで眺めるのも、イケナイ覗き見しているみたいで愉しく感じました。

 そうこうしているうちに、早くもイベント当日まで残り3日となっていました。


オートクチュールのはずなのに 34


DAVID BOWIE R.I.P.